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処女作「ジニアを君に」のレン君視点中編です。前編はこちら

取り急ぎ更新だけ。後日軽い解説記事書きます。


ジニアを君にside L 中

 リビングの扉を開いて中の様子を窺うと、最初に目に入ったのはソファーから生えているエメラルド色の頭だ。
 キィ、と軋むドアの音にその緑がくるりと動き、長い髪がひと房、背もたれからぱさりと零れ落ちる。そして中途半端に首だけを覗かせるオレに気付いた頭の主――ミク姉は、不思議そうな顔でぱちぱちを瞬きをしながら、きょとんと小首を傾げた。その手元にはおたまじゃくしの並ぶ紙が数枚。譜読みでもしていたのだろうか。

「あれぇ?どうしたのレン君、こんな時間に」
「んーまぁ、ちょっと。……ミク姉それ新曲?」
「そうだよー。といっても、マスターの曲じゃないんだけどね。お知り合いさんとコラボやるみたいで、ちょこっとだけお手伝いなの」

 扉を後ろ手に閉めながら尋ねると、ミク姉はニコッと笑って譜面をひらひら振った。
 なるほど、そういえばマスターにはネット上で交流のあるボカロPが何人かいるんだっけ。オレたちの曲以外に何か作ってる様子はなかったし、おかしいとは思ったのだけど、他の人が作った曲っていうんだったら納得だ。

「へぇ……。マスター何も言ってなかったから知らなかった」
「リンちゃんはもうとっくに知ってるんだけどなぁ。レン君、最近ご飯食べ終わるとすぐ部屋に行っちゃうんだもん。誘ってもつれない態度だしさぁ。たまには団欒にも参加しなよー」

 怒った様に眉を吊り上げるミク姉。……まぁ確かに、リンと喧嘩するようになってからは自分の部屋に籠る事が多かったから、ミク姉やカイト兄が何をやっているかなんて全然聞いてなかったけどさ。
 黙りこんてしまったオレを見て、ミク姉はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。そして筒状に丸めた譜面をこちらに向けると、煽る様に上下に振った。

「……で。そんな反抗期不良少年レン君がわざわざここに来るなんて、一体何の用なのかなぁ?」
「反抗期不良少年ってなんだよ!」
「言葉の通りの意味だよー?」
「何だよそれ。……別に、カイト兄いるかなってちょっと見に来ただけ」
「ふーん?……だって、カイト兄さん」

 そう呼びかけながら、ミク姉はキッチンの方に顔を向ける。
 その視線の先では。

「……へ?」

 まさか自分に話が飛んでくるとは思わなかったのだろう。ちゃっかり聴き耳を立てつつも我関せず状態だったカイト兄は、今にも蓋を開けようとしていたアイスを片手に、何とも間抜けな表情で固まっていた。
 4つの瞳に見つめられて流石に気まずくなったらしい。ちょっぴり名残惜しげにアイスを冷凍庫に戻すと、カイト兄は咥えていたスプーンを台所に置いて、オレの傍まで近寄って来た。

「僕に用だって?」
「ん。ちょっと相談に乗って欲しくてさ」
「はぁ、相談!?レンが、僕に……?」
「い、いや!大したことじゃないし、迷惑だったら別にいいんだ、けど……」

 慌てて取り消そうとした言葉は、最後まで言い切る事が出来ないまま、尻すぼみに消えていく。そういや自分から相談を持ちかけるなんて、初めてだっけ。
 何となく気恥かしくなってふいっと視線を逸らすと、どういうわけか、目の前からはくすくすと笑う声が漏れてきた。慌てて声の主を見上げれば、口元を必死に抑えるカイト兄の姿。

「な……何がおかしいんだよ!?」
「くくっ……いや、ごめん。レンが僕を頼るなんて、珍しい事もあるもんだなぁと驚いちゃってさ。明日は雷雨かな?」
「――~~~~っ、嫌なら頼まないよ!」

 からかう様な言い方にむっとして噛みつく様に言い返すと、笑い声はさらに大きくなる。目元には涙まで浮かぶという始末だ。ちくしょう、人の決意を簡単に踏みにじりやがって……!!

「怒んないでよ、レン。流石に言いすぎました」
「別に怒ってないし!」
「カイト兄さん、あんまりレン君をからかっちゃダメだよー?繊細で多感な年ごろなんだから、扱いは慎重に行かないと」
「ちょっと、それ君に言われたくないんだけど!」

 いつから聞き耳を立てていたのか、ひょこひょこと首を突っ込んできたミク姉に、カイト兄がすかさずツッコミを入れる。これにはオレも同感だ。普段やりたい放題からかってくるくせに何偉そうな事言ってんだよ!

「まぁまぁ。事情はわからないけど、レン君はカイト兄さんに大事なお話があるんでしょ?聞いてもらいなよ、少しは役に立つかもしれないしさ」
「……ミクさん、君は僕に何か恨みでもあるのかな?」
「まっさかぁ。これでも最大限の賛辞のつもりだよ」

 にっと笑いかけるミク姉に、カイト兄の顔は若干ひきつっている。そんな二人のやり取りを眺めていたら、さっきまで腹を立てていた事がもうどうでもよくなった。
 まったく、何やってんだよ、二人とも。……オレもだけど。

「……いいよ、もう。話聞いて?」

 別に、自分の方が譲歩してやろうと偉ぶったわけじゃない。下らない事で意地を張るよりは、素直に折れた方が得策だと思っただけだ。
 そんなオレの気持ちなんか筒抜けなのだろう。カイト兄にはオレの方に向き直りると、コバルトブルーの瞳を微かに細め、芝居じみた仕草で右手を胸のあたりに当てた。

「わかった。僕でよかったら、何なりと」



 ……とりあえず、「話を聞いてもらう段取りをつける」という第一段階はクリアしたらしい。



***

 リビングだとゆっくり話が出来ないから、ということで、オレはカイト兄の部屋――もとい、個人フォルダに連れて来られた。
 他人のプライベート空間に足を踏み入れる事なんて今まで無かったから(リンの部屋は話が別だ)ただでさえ落ち着かないというのに、カイト兄は「ちょっと忘れ物を取りに行って来るよ」とか何とか言ってオレを放置しやがった。つまり、今この部屋にはオレ一人きり。……非常に気まずいです。
 カイト兄の部屋は、オレのとは正反対の寒色系で統一されている。青に囲まれた空間はまるで海の中に沈んでいるみたいで、自然と心が落ち着いてくるようだ。そういやこの色には沈静効果があるんだっけ。
 壁際の本棚には、音楽教本の他に小説や雑誌なんかも並んでいる。複数のボーカロイドを抱えている家では共通の問題なんだろうけど、仕事がもらえなくて暇な時、カイト兄は本を読んで時間を潰しているらしい。
 本棚の横に置かれているスチールラックにはちょっとしたインテリア雑貨なんかも飾られていて、ネットのカタログで見る「大人の男の部屋」って感じだ。その中段、ブックスタンドを使って立て掛けられているファイルには、背表紙のラベルから察するに、おそらくカイト兄がこれまで歌った曲のデータが仕舞われているんだろう。
 オレが来る前にミク姉やカイト兄が歌った動画は、既にいくつかネットで視聴した。けれど、きっとそれ以外にも練習した曲が沢山あるはずだ。丁寧にファイリングされているそれを見ただけで、カイト兄がどれだけ自分の曲を大事にしているかがわかる。
 オレはどうだろうか。特訓期間中の譜面データは全部レコーディングルームで管理していたし、初めてもらった自分の曲は――――
 自分の部屋に散らばっている、リンと二人で歌うはずだった曲の譜面を思い出して、少しだけ気分が重たくなった。



「待たせてごめんね。ほら、レンの分も持ってきたよ」

 そのままぼんやりと室内灯を眺めていると、カチャリという音と共に扉が開いて、カイト兄がうきうきとした表情で戻って来た。
 その手には、予想通りアイスのカップ。しかも、恐らくどこの家でもそう簡単にはお目にかかれないであろう、高級感あふれるパッケージのあのアイスが二つ、だ。
 リビングで蓋を剥がしかけていたものよりはるかにグレードアップしている点は一先ず置いといて、人を待たせといてこんな物を取りに行くってどういうことだよ!?いや、カイト兄だから仕方ないのかもしれないけれどさ……。いや、それ以前に何でオレも食べる事前提なんだよ。
 ベッド脇に置かれたデジタル時計が表示す時刻は午後の9時15分。ソフトウェアであるオレたちに人間の生活リズムを適用するなんて意味のない事だけど、こんな時間に甘いものを食べるのは何となく気が進まない。というか、これから話す内容の重さを考えたら、口にする気分になんて到底なれなかった。……カイト兄には申し訳ないけどさ。

「いや、オレは別に……」
「遠慮する必要なんてないよ?今夜は特別にとっておきをご馳走するからさ、ほら」

 丁重にお断りしようとしたものの、カイト兄には聞き入れてもらえない。それどころか、半ば無理やりカップとスプーンを押し付けると、「話は終わり」とばかりに自分のアイスの攻略にかかってしまった。……オレの意見は無視ですか?
 確かにここのメーカーのアイスはカイト兄のお気に入りで、何か特別な事でもない限り滅多にお目にかかれない。そしてそれをわざわざ持ってきたということは、カイト兄なりにオレに気を遣ってくれているんだろう。それ位は察する事が出来るさ。
 せっかく持ってきてもらったのに食べずに溶かしてしまうのは勿体無いし、出来ればカイト兄の厚意も無駄にしたくはない。……それに、ここのアイスはオレだって好物だ。
 ニコニコ笑みを浮かべる姿はかなり気に障るけど、ちょっと嬉しかったのも事実だから、オレは素直にカップの蓋を取った。



「……で、相談って何かな。やっぱリンの事?」

 アイスを口に含みながら問いかけてきたカイト兄を一瞥して、チョコレート色の塊にスプーンを突き立てる。ガチガチかと思われた表面は程良く溶けていて、ぬっ、と重い感触と共に沈み込み、小さな溝を作った。
 口の中のアイスが全て溶け切ったところで、オレはゆっくりと話を切り出す。

「……オレさ、最近リンとうまく行ってないじゃん」
「んー、そうだね。何か随分と長引いているようだけど、また喧嘩でもした?」
「喧嘩、ではないんだけど、ちょっと……」

 どう……というか、何から説明すればいいんだろう。
 マスターに訊かれたあの言葉は言っておいた方がよさそうだ。データ貰って、二人で練習するようになって、その辺りから変な感じになって……

「ごちゃごちゃして論点わからなくなるのも困るから、直球でいいよ。むしろそれでお願い」

 悩んでいるのを見透かされたのか、バッサリと切り捨てられる。う、それはそれでかなり難題なんだけど……。

「……えーと。ぶっちゃけると推測の域を出ないんだけどさ。もしかしたら、オレとリンって…………別の鏡音、なのかもしれない」

 震えそうになる声を無理やり抑え込んで何とか最後まで吐き出すと、流石に予想の範囲外だったのだろう、カイト兄はアイスの乗ったスプーンを口元で止めたまま、ぽかんとオレを見下ろしていた。

「……これはまたハードな。何か心当たりでも?」
「確証はないんだ。でも、マスターの言っていた事や最近のリンの態度を見てると、何となくそんな気がして……。リンは―――…リンも、本当のとこはどうなのかちゃんと知ってるわけじゃないんだろうけど、オレと同じような事を考えているんだと思う。でなきゃあんなあからさまに避けたりしないだろうし」

 例えば、オレがリンと同じ立場だったら。
 オレが本当にリンの片割れじゃなかったとして、それをリンに知られてしまうのはすごく怖いと思う。相手がその事を知らないと考えたら尚更だ。
 嫌われたくない。拒絶されたくない。でも、傍にいると気付かれてしまう可能性も高くなるから、出来る限り接触を避ける。最近のリンの反応は、恐らくそういったところだろう。

「マスターは、何て?」
「『リンと一緒にいて変な感じはしないか?』だって」
「それはまた思わせぶりな……まぁ、大体の事情は飲み込めてきたよ。最近よく喧嘩をしていたのは、リンが君との関係に疑問を抱く様になったのが原因って事でいいのかな?」
「まぁ、そんなとこかな。前もぎくしゃくしていたけど、それは単純にうまくいかなくてイラついてただけで、そこまでは考えていなかったと思う」
「ふぅん……」

 そこまで聴くと、カイト兄は下ろしていたスプーンを再び口に運び始める。それから暫くはお互い一言も発せず、オレはただぼんやりと、減っていくカイト兄のアイスを眺めていた。

「……オレさ、これからどうすればいいのかな?リンは知りたくないみたいだけど、どんなに誤魔化したって、どうせいつかはバレるんだ。オレだってこのままズルズル引きずるのは嫌だし……」

 黙ったままの居心地の悪さに耐えきれなくて、なんとなしにぽつりと呟くと、カイト兄は手の動きは止めずに、これまたなんとなしに答える。

「じゃあ、話せばいいんじゃない?」
「だから!リンが嫌がってるって言ってんじゃん」
「でも、レンは知りたいんでしょ?ならちゃんと話し合うべきだと思うよ。君の言う通り、いつかははっきりするんだしさ。先延ばしにしたら余計面倒くさくなるんじゃないの?」
「それは……っ」

 反論しようと口を開きかけて―――…それ以上は何も言葉が出てこなかった。
 わかってる。カイト兄の言ってる事は何も間違っちゃいない。でも、下手に動いて状況がこれ以上悪くなるのも嫌なんだ。それに無理にでも話したら、きっとリンは…………。
 再び黙りこんでしまったオレを見下ろして、カイト兄は呆れた様に大きくため息を零した。

「気になってたんだけど、レンって何でそこまでしてリンを立てるの?遠慮してるっていうか……自分の意見は全部抑えちゃってる感じ?まぁ、君たちには君たちの事情が色々とあるんだろうけどさ、そこまで下手に出る必要性が僕にはわからないんだよね」

 穏やかだけど温度の感じられないその声に、オレはびくりと肩を竦ませる。探る様な視線は、オレの心の一番脆い部分を抉る様で……。

 ―――…あぁ、でもここで逃げちゃダメだよな。

 自分一人じゃどうにもならないから、こうやってカイト兄を頼りに来たんだ。だったら、オレが考えていることや感じている事、包み隠さず話すべきなんじゃないだろうか。カイト兄ならそれを全て受け止めて、カイト兄なりの答えを返してくれるはずだ。
 目を閉じて、一度だけ大きく深呼吸する。全ての息を吐きだすと、オレはゆっくりと口を開いた。

「……怖いんだ。リンに『お前なんかいらない』って言われるのが」

 カップを握る手に力を込める。掌についた水滴が気持ち悪いけど、拭うのも面倒くさいからそのままだ。

「マスター自身が買ってきた別の『鏡音リン・レン』ならいいんだけど、他のマスターんとこにインストールされるはずだった『鏡音レン』だったとしたら……オレ、ここでは完全に余所者じゃん」
「……マスターが買ってきたのは君の方で、リンは別のマスターの所からきたって可能性も捨てきれないよ?」
「インストールされたのはリンが先なんだぞ。仮にそうだったとしても、オレのインストールを後回しにする意味ってあんの?」
「どうしても『鏡音リン』の方を先に使いたかったから……って、それじゃあ最初から別々にする意味が無いか」

 カイト兄は口元に手を当てて、暫くの間うーんと考え込む。

「『余所者』って言葉は嫌いだから使わないけど……仮に君が他の家のレンだったとして、どうしてリンが君を拒否する発想につながるんだい?」
「……もし、オレの他に自分の本当の片割れがいるのだとしたら、リンはきっとそいつに会いたがると思う。今だって、無意識にその存在を探している様な気がするんだ」
「それは勘?」
「勘、だけど……」
「そっか……」

 リンが見ているのはオレじゃないって事くらい、気付いていた。今はまだ確証が無いからその態度は曖昧だけど、予想が的中したら、きっと―――…。

「リンの本当の片割れのレンが、今どうしているかはわからない。別の場所にいるのかもしれないし、もうどこにもいないかもしれない。でも、もしどこかにいるとして、リンがそいつに会いたいって言いだしたら……オレ、これからどうすればいいのかな」
「……まぁ、最終的な決定権はマスターにあるんだろうけど、インストールし直すなんてそんな面倒くさい事はしないと思うから、今まで通り一緒に居ればいいんじゃないの?」
「そんなことできるかよ!」
「何で?」
「…………本当の片割れに会えたんなら、オレはただ邪魔なだけじゃん」

 マスターが一体どんなつもりでこんな事を始めたのかは分からない。けど、確かなのは「鏡音リン」の相方に「鏡音レン」は二人も必要無いって事だ。あるべき姿に戻すのなら、オレは身を引くべきなんじゃないだろうか。

「邪魔、ねぇ…………。あ、そういう君は?自分の本当の片割れに会いたいって、思ったりしないの?」
「……わかんねぇ」

 想像ばかりが先走りして、正直気持ちが追い付いていない。
 「本当の片割れ」がいるかもしれないって事も理屈ではわかるけど、オレにとっての「鏡音リン」はリンしかいないわけで、どこで何をしてるかもわからないヤツを「これがお前のリンだ」なんて紹介されても、実感が湧かないというか……。てか、そもそも相手はオレに会いたいと思ってくれるのか?

「ほら。だったら、リンだって君を置いて片割れ君を選ぶとも限らないだろ」
「下手に期待するのは嫌なんだよ。それで裏切られたら立ち直れないじゃん」
「…………君って意外と守りに徹するタイプなんだね」
「うるせぇ」

 二人で練習していた期間はまだ短いけど、オレにとってリンは大切な相方だ。リンと歌いたくて必死に練習したし、あんな事になるまでは普通に楽しかった。
 でもリンは?リンも同じ様に思ってくれていた……?
 オレにはリンの気持ちがわからない。やっぱりこれも、リンが「オレのリン」じゃないからなのだろうか。

「……なぁ、カイト兄。さっきカイト兄は、オレがリンに遠慮してる様に見えるって言ってたけど、リンとオレって……やっぱよそよそしかった?」
「どうしたの、急に」
「いいだろ別に。ちょっと気になったんだよ」
「うーん……よそよそしいっていうか、うまく馴染んでいない様な気はしたかな。でも、そもそもレンは僕らとも馴染んでくれてなかったし、単にまだ緊張してんのかなーってそこまで気にしなかったけど。それが何か?」
「……インストールされた時にさ、リンがオレの事待ってたんだけど……一瞬だけ、ほんの一瞬だけなんだけど、『違う』って顔したんだ」
「『違う』?」
「表情が固まったっていうか……あーもう、うまく説明出来ねぇ!……ともかく、『あれ、なんかおかしいぞ』って言いたそうな顔したんだよ。気にしない様にはしてたんだけど、なんかずっと引っかかってて……」

 誰から教えられたでもなく「知っていた」片割れの存在。早く会いたいと思っていたのは、オレもリンも一緒のはずだ。
 実際、初めて顔を合わせた時にリンは喜んでくれた。オレもうれしかった。あの表情に嘘はなかったと思う。
 なのに、その笑顔が一瞬、消えたんだ。
 体のコンディションでも悪くなったのかと心配したけれど、そういうわけでもなさそうで。リンはその後すぐ元気に戻ったから、なんだ大した事なかったのかとその場はとりあえず片付けたのだけど、その時のリンの表情は、それから後もずっと心にこびりついたままだった。

「今思えばさ、リンはあの時、既にオレ達の間には何かあるって気付いてたんじゃないかな?何だかんだ、態度がちょっとぎこちなく感じる時もあったし……」
「鏡音の本能ってやつか……因みに君はそういうの感じなかったの?」
「インストールされたばっかでまだ本調子じゃ無かったから、気付かなかったんだと……自信は無いけど」
「そっか……」
「……オレ、心の底ではリンにずっと疑われていたのかな?」

 例えば、オレにとってリンは大事な片割れだ(と思っていた)けど、四六時中一緒に居たいかと訊かれたら、それはちょっと違う。
 一応色々とお年ごろな年齢設定なわけだし、相手がリンとはいえプライバシーは守りたかったから、部屋を分けることには特に問題を感じなかったし、一人になりたい時は一人で過ごしていた。
 それはお互い了承済みなんだと勝手に解釈していたのだけど、リンはどうだろうか。単にオレといるのが気まずかっただけなんじゃないだろうか。一歩離れて、様子を窺っていたんじゃないだろうか。

 ……あぁ、嫌だなぁ。

 ぐるぐると溢れだす思考に、再びあの暗い波に襲われそうになる。
 込み上げてくる吐き気に息がつまり、何とかしてこの嫌な感じから逃れようと腕をぎゅっと握りしめたその時―――…ふわりと暖かい感触が頭に乗った。

「…………なんだよ」
「いや?頑張ったなーと思って」

 むっとするオレに構わず、カイト兄はテーブルの向かい側から身を乗り出しながら、「よく出来ました」とでも言いたげにポンポンとオレの頭をなで続ける。
 前髪が乱れて気持ち悪いし、小さな子供をあやすみたいな態度がちょっぴり気に食わない。けれど、オレのよりもずっと大きな手から与えられる暖かさのおかげで、胸に溜まっていたあの気持ち悪い感じは、いつの間にか消えていた。

「不安だったんでしょ、ずっと。このパソコンの中で、自分の居場所を見つけられなくて」
「オレ、は……」

 オレの知らない間に、リンは他のVOCALOID達とすっかり打ち解けていた。既に出来上がっているコミュニティに溶け込むのは簡単な事じゃないってのに、頼みのリンが向こう側だ。表面的には普通に接していたつもりだけど、置いていかれた様な心細さを感じていたのも確かだ。
 ゆっくりと視線を上げたオレに、カイト兄は微笑みを返す。

「レンにいいことを教えてあげよう。インストールされた順を考えると、このパソコンでは僕よりミクの方が先輩なんだよ」
「え!?」
「僕も初めてここに来た時は戸惑いが大きかったなぁ。なんせ相手はかの有名な『初音ミク』だからね。ミクもミクで年上の僕にどう接したらいいのかわからなかったらしく、最初は大分ぎくしゃくしていたよ」
「……何か想像できないな」
「でしょ」

 ついさっき見た二人のやり取りからして、仲の悪い二人なんて考えられない。というか、カイト兄が一番の古株じゃなかったのか?
 オレの疑問に答える様に、カイト兄は種明かしをする。

「男女のデュエット曲をね、作ってみようと思ったんだって。でもうちのマスター、曲はともかく歌は苦手でしょ?それで僕に白羽の矢が立ったらしい。当然最初の仕事はミクとのデュエットでさ。気まずいながらも打ち合わせを重ねたりして、それでだんだんと打ち解けていったんだよ」
「へぇ……」
「今思えば、最初にミクと真剣に向き合う機会を作ってもらえてよかったのかもしれない。これでソロとか与えられていたら、一緒に過ごす時間も減っていただろうし、今みたいに遠慮なく言い合える仲にもならなかっただろうなぁ……」
「真剣に向き合う、か……」

 二人にも、オレ達みたいにぶつかり合ってた時期があったのだろうか。オレとは違ってその時のカイト兄とミク姉は二人っきりだから、気まずさはオレとは比べ物にならなかっただろう。
 ミク姉の機嫌を窺うカイト兄の姿を想像したら、ちょっとだけ心が軽くなった。

「そんなこんなで、暫くはミクのソロの練習に付き合ったり二人でデュエットやったりで退屈しなかったよ。相変わらずマスターから声がかかるのはミクの方が多かったんだけどね。……マスターは、僕らのキャラクター性そのものには興味が無いみたいだから、新しいVOCALOIDを使う事にしたよって話を聞いた時はちょっと驚いた」
「そういえば、リンの事はリンが来る前に二人に知らされていたんだっけ」
「『女の子の友達が出来るー』ってミクはすごい喜んでいたよ。まぁ、仲間が増えると賑やかになるし、僕も楽しみだったけどね。リンが初めて来た時は微笑ましかっなぁ……ガッチガチだったからね。暫くしたらこの環境にも慣れたみたいだけど、君が――自分の片割れが傍にいなくて、不安そうではあった」
「…………そっか」

 ミク姉やカイト兄と関わる様になってからも、リンがオレを気にしてくれていた事に嬉しくなって―――…でもすぐに「あぁそれはオレの事じゃなかったか」と気分が重くなった。
 カイト兄はそんな俺の気配を感じ取ったのか、困った様に苦笑を漏らす。

「僕には生まれついてのパートナーなんていないから、君たちが何でそこまで『自分の片割れ』にこだわるのかはわからない。でも、ここは君たちだけの世界じゃない。ミクや僕がいて、君たちはそんな僕らと普通に関わっていけてるんだ。なら、僕らにするのと同じようにリンに接すればいいじゃないか。そんな難しい事じゃないんじゃないの?」
「わかってる、けど…………」
「けど?」
「これはオレとリンの問題だからさ。リンが応えてくれなかったら虚しいだけだし、オレとはもう歌いたくないって思うかもしれない。そうなったらオレ、やっぱりリンの傍にいない方がいいのかなって……」

 カイト兄の気遣いは嬉しいけど、オレはそんな風に前向きになんて考えられない。
 もちろん自分で自分をアンインストールする事なんて出来ないから、マスターが手を下さない限りずっとここに居る事になるし、マスターがオレ達を一緒に歌わせようとすれば、オレ達の意思に関係なく歌わなくちゃならない。それがオレ達の役目だから。
 でも、せめてそれ以外の時間――マスターがパソコンの電源を落としている間くらいは。オレ達が一緒に居る事を必要とされない時くらいは、リンの目に入らない場所にいよう。きっとその方がリンも安心する。
 ニセモノの片割れに付きまとわれても、リンにはきっと迷惑なだけだから……。

 長い間放置され続けたカップの中で、溶けたアイスの残りがでろりと滑る。ああ、結局無駄にしちゃったな。ちゃんと固め直せればいいんだけど……。
 膝の上で両手を握りしめるオレを、カイト兄は黙ったまま見下ろしている。その長身から生える腕が、ぬっとこちらに伸びてきて――――…


 パチン、と思い切り額を弾かれた。


「いっ!?」

 思いもよらなかった攻撃に、目には反射的に涙が浮かぶ。え、何?オレなんでデコピンなんかされたの!?
 じんじんと痛む額を押さえながら正面を見上げると、ちょっぴりおどけた瞳が笑っていた。

「あ、ごめん。ちょっと威力強すぎたかな」
「『あ、ごめん』じゃねーよ危ないだろ!オレが何したっていうん「リンが何と思おうと、僕やミクにとってレンはレンだよ。マスターのパソコンで一緒に暮らす、大切な家族。それはリンも一緒。……だから、『君たちだけの問題』だなんて言わないでよ」

 さっきとは一転、カイト兄は真剣な表情になってオレの目を見る。言葉は力強いのに、言ってる本人は困った様な、あるいは悲しそうな顔をしていて。……あぁ、そうか。
 今更だけど、オレはようやくカイト兄の気持ちに気付いた。オレの態度は、ずっとカイト兄やミク姉の優しさを裏切ってたんだな、と。
 心の奥がツンと痛んだ。
 項垂れるオレの頭を再びポンと叩いて、カイト兄が笑う。

「別に言いたくない事まで全部話せとは言わないけどさ。せっかく同じパソコンで出会った縁なんだもの、もっと色々と寄りかかって欲しいな」
「……オレが余所者でも?」
「寧ろ大歓迎だよ」

 頭に置かれた手の重みが増す。その大きさと暖かさに、オレの視界はじわりと滲んだ。

 不安だった。一人きりでインストールされた事も、ふとした瞬間に浮かんでは消える、リンのあの表情も。
 仲の良い3人を見て浮かぶのは、「何でオレだけ仲間はずれだったんだ」という嫉妬の気持ちばかりだったし、気を遣われると却って腹が立った。
 でも、反発したってリンがオレの側に来てくれるわけじゃない。それに、これから先ここで過ごさなきゃいけないのなら、いつまでもこんな事をしているわけにもいかない。
 そう考える様になってからは、出来るだけ早く溶け込めるように努力したつもりだ。ミク姉のからかいに反発したり、カイト兄のおやつをつまみ食いしたり……。そんな風に表面上は親しくしていたけれど、勝手な話、心の奥ではずっと物足りなさや虚しさを感じていたんだ。
 だからだろうか。自分はこの家のVOCALOIDじゃないかもしれないって事に気付いた時、ショックだったのと同時に「あぁ、やっぱり」と妙に納得してしまったんだ。そうか、オレは最初から仲間はずれだったのかって気持ちがすとんと落ちてきた。
 それは、諦めにも近い気持ち。
 ここで与えられる優しさや温かさは、本来オレに与えられるものじゃない。そもそも、オレがここに居る事自体が間違っているんだ。いっそ自分で消える事が出来たらよかったのに、と。そんな考えすら浮かんだ。

 なのに。そんなオレでも、受け入れてくれるって。
 ここに居てもいいよって、許された様な気がして。


 膝の上で握りしめた拳の上に、ぽたり、ぽたりと滴が落ちる。歪んだ視界の向こう側で、カイト兄の笑った気配がした。




 今はまだ声を押し殺さずにはいられないけれど。


 オレは、ここにインストールされて以来、初めて涙を流した。


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恒例のヤツ

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