放置するにも程がある、1周年フリリク企画の書き残しです。
大変長らくお待たせして申し訳ありませんでした、涙世さんからいただいたリクエスト、江戸時代パロで敬語鏡音

時代物は何となく手が出なかったので、リクエストをもらわなかったら一生書いていなかったかもしれません。雰囲気小説な上に何が言いたいのかわからない感じになってしまいましたが、とてもいい経験になりました!
しかし、きっと期待していたものとは大分かけ離れている……(^p^)
拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。このたびはリクエストありがとうございました!!



墨色ノ雨

 しとしとと降る雨のせいで、昼間にしてはやや暗い部屋の中、私は黙々と本の整理をしていました。
 湿り気のある空気に墨の香りが混ざり、つんと鼻を刺激します。独特で苦手だという人もいますが、私はこのにおいが好きです。かいでいると、どこか心が落ち着く様な気がしますから。
 硯を擦る心地よい音を背に、三十程ある書を種類の別に分けていきます。何年も前から使い回されているためでしょう、表紙は古びて変色しており、力を入れればすぐにでも破けてしまいそうですが、先刻までこれを借りていた子供たちは、普段のやんちゃな様子からは想像できない程丁寧に扱っていました。「書物は大切にしなさい」という持ち主の指導が、よく行き渡っているのでしょう。
 使いこまれた書の中から一冊を取り上げてはらはらとめくると、途端に込み上げてくる懐かしさ。あの子たちと同様に、数年前、私もここで多くの事を教わりました。
 当時は毎日が楽しくて仕方がありませんでした。読を習い、書を習い、自分の知っている世界がいかにちっぽけだったかという事を思い知らされて。地に埋めた種が芽吹いてゆくように、触れることのできる世界が広がっていく事に喜びすら感じていたのが、つい最近の出来事の様です。
 あの頃机を並べた者の幾人かは、既に遠く離れた地へと居を移してしまったと聞きます。この町に残り、今でも親交のある者などほんの一握り。厳しくも優しかったかの人もまた、決して手の届かない所へと旅立ってしまいました。
 せめて言葉だけでも交わしたかった。ここを出て以来、顔を合わせる事は結局一度もありませんでしたから。まだ伝え切れていない感謝の言葉が、沢山残っていたというのに――――
 ……そう、思っておきながら、報せを受けた時に真っ先に浮かんだのは、かの人ではなく、その横で穏やかに微笑む青年の姿だったのです。
 ああ、なんて―――…






「……おや、頼んでいた紙を取りに行くのを忘れていました。これでは明日の分が足りないかもしれませんね」

 背後から漏れた呟きに、物想いにふけて俯いていた顔をあげると、部屋の奥で筆を握っていたその人は、困惑のまるで感じられない表情で手元の硯を見下ろしていました。
 筆先を黒く染まった液に沈め、十分に水分を含ませる。もったりと重くなった毛先は硯の端で余計な水分を落とされ、机に広げられた紙の上に滑らかな線を描いてゆき―――…。
 それら一連の動作が無駄なくしなやかで、思わず見惚れてしまいそうです。本人はまだまだだとおっしゃっていますが、その落ち着いた姿は、とても様になっているように思えました。

「行ってきましょうか?廉さん、明日の支度で忙しいのでしょう」

 本を揃える手を止めて申し出ると、その人――廉さんはこちらを向いて、同年代の男性に比べてやや中性的なその顔を、ほろりと綻ばせました。昔と変わらない、優しい微笑み。たったそれだけの事で、私の心臓は大きく音を立てるのです。

「それは助かります。お願いしてもいいですか」
「ええ、構いません。他に必要なものはありますか?食べものとか……」
「いえ。天気も悪いですし、紙だけで十分です」
「そうですか……わかりました」

 火照る頬を悟られぬよう俯いた私を、落胆したとでも思ったのでしょうか。廉さんは再び紙に向き直りながらも、声にやや気遣わしげな色を含ませて、言葉を続けました。

「いつもありがとうございます、凜さん。あなたがこうして手を貸してくださるおかげで、何とか父の仕事を継ぐ事ができています」
「……師匠には大層お世話になりましたから。それに、私がしている事など、ただのお使いと小さな子供の世話に過ぎません」
「そんなことはありませんよ。凛さんは子供たちに好かれていますからね。勉学を教えるのはともかく、僕は子供の世話は不得手ですから。本当に助かっています」
「あら、廉さんも子供たちには好かれているじゃないですか。私がここに通っていた頃も、随分と手慣れた様子で子供たちと触れ合っている様に思えたのですが……」
「子供が子供の相手をするのと、大人が子供の相手をするのとでは、勝手が違うのですよ」
「そういうものでしょうか?」
「そういうものです。……さあ、今お代を用意するので、もうしばらく待っていてくださいね」

 筆をおいてゆっくりと立ち上がると、廉さんは箪笥の引き出しを開け……そのままどこか遠くを眺める様にして、話を続けました。

「……父は偉大な方でした。子供たちにより多くの事を教えようと尽力した姿は、幼ながらに尊敬したものです。その姿勢は息子である僕に対しても同様で、他の者への指南が終わった後も、暇さえあれば机の傍へ呼びつけ、あれこれと教わっていましたよ」
「それは羨ましいです。ここに居られるのは、未ノ刻までですから。夜通し語らいが出来るだなんて、私には夢の様ですよ」
「はは、相変わらず凛さんは熱心ですね。父があなたを気に入っていたのもよくわかる気がします。……遊びたい盛りでしたからね、当時は机の前に縛り付けられる事に何度も反発していました。手習所の師匠を父に持つ自分の身の上に不満を抱いた事も幾度となくありましたが、今は父のそんな厳しい態度にも感謝してますよ」

 そう言って、少し寂しげに笑った廉さんは、本当に師匠を――お父上の事をお好きだったのでしょう。
 あの日、久方ぶりに見た後姿は、自分の記憶にあるものよりも小さく、儚げに見えました。今でこそ笑ってくださるようになりましたが、あの頃は大切なお父上を亡くされて酷く沈んだ様子の廉さんを、放っておく事が出来なくて……。
 差し出がましい事をしているとは理解しつつも、少しでも力になれるならと、ここへ足を運んだ日々はそう短くもありません。師匠の死により閉鎖状態だったこの手習塾を再び開きたいと決意なさった時も、出来る事なら何でもすると、半ば無理矢理手伝いを申し出たのです。廉さんは優しいお方だから、迷惑気な顔を一度も見せませんでしたが、私は―――…私は、本当にあなたのお役に立てていたのでしょうか。

「……師匠に引けを取らない位、廉さんも素敵な師ですよ」
「だといいのですが。こんな若造に任せるよりは、もっと経験豊富な師につけた方が安心だと考えるのでしょう。父の頃と比べると、ここへ通ってくる子供の数は半分程度に減ってしまいましたからね」
「数など関係ありません!……廉さんがどれだけ丁寧に指南をするか、その者たちは知らないのです」

 廉さんは時々、こうやってお父上とご自分を比較する事があります。自分はまだまだだと笑うその姿を、私は、酷くもどかしい思いで見つめる事しか出来なくて。
 経験など……そんなもの、取るに足らない事です。廉さんの子供たちに対する真摯な態度は、師匠と何ら変わりありません。私には―――…私にしか、わからないのです。
 無意識に強く握りしめていた拳を見下ろす私を、いつの間にか傍に寄っていた廉さんは、その優しい微笑みで覗きこんで。

「ありがとうございます。……でも、そんな風に怖い顔をしてはいけませんよ。折角の可愛らしいお顔が台無しです」

 すらりと伸びた細い指が眉間をトンと叩き、私は思わず後方へと仰け反ってしまいました。
 触れた指はひんやりとしていたのに、まるで身体中の血液がその一点からあふれ出るかのように、じわじわと熱を集めてゆき―――…
 ……からかわれたのだ、という事に気が付いた時にはもう、廉さんは声をあげて笑っていました。

「ひ、酷いです!私は真剣に――」
「すみません、普段はおとなしい凛さんが珍しくおかんむりだったので、ちょっと横やりを入れてみたくなりました」

 悪戯が成功したのを喜ぶ子供の様な瞳で見下ろされて、私は未だ熱を帯びる額を押さえながらも、それ以上は反論する事も出来なくて。
 ……けれど、胸の内に燻ぶっていた苛立ちやもどかしさも、どこへやらと吹き飛んでしまっていました。
 私の方が、慰めようと思ったのに。
 悔しさは、些細な変化を気にとめてもらえたことへの嬉しさと混ざり合い、胸の内に溶けて行きました。くすぐったくなる様な甘さと、ほんの少しのほろ苦さを残して…………。



「あら。廉さん、袖がほつれていますよ」

 お使いの支度が済んで、廉さんの用意してくれたお金を預かる時、少々くたびれた着物の袖に、縫い目がほどけて開いてしまっている部分を見つけました。

「ん?……あぁ、本当だ。どこかに引っ掻けでもしたのですかね。全く気が付きませんでした」
「ふふ。廉さん格好いいのに、こういう所は本当に不精ですよね。待っていて下さい、今直しますから」

 家の中の手伝いをするようになって以来、生活に必要なものがどこに仕舞われているかは、すっかり把握してしまいました。隣の部屋から裁縫箱を持ってくると、慣れた手つきで針に糸を通し、解けた箇所を修繕していきます。
 しとしとと降る雨の音が空気に溶け込み、そこに混ざるのは、互いの呼吸のみ。
 されるがままになっていた廉さんは、縫い合わされる布地を無言で眺めていましたが、やがて感心した様にほう、とため息を漏らしました。

「上手ですね。誰かに習ったのですか?」
「ええ。花嫁修業にと、母から仕込まれました」
「ははは、凛さんもそんな年ごろでしたか」
「私だって、もう子供ではないんですよ」
「ええ、本当に。あの頃からは三年程でしょうか……随分と美しくなって、吃驚しましたよ」
「……っ、年ごろの女性にその様な軽い物言いは、失礼です」
「そうですね、すみませんでした」

 ―――顔が熱い。ただのお世辞だとしても、「美しい」などと言われた事が、嬉しくて、気恥かしくて……。
 素直に礼を言う事も出来ず、可愛げのない態度を取ってしまった私に、廉さんは気を悪くすることもなく、いつもの通り穏やかな微笑みを浮かべるだけでした。
 胸の内を針で刺されたかのように、チクリとした痛みが広がるのは、このような話をしながらも、自分が「父の元弟子」以上の感情を抱かれてはいない事を思い知らされるからなのでしょうか。
 虚しさにぽっかりと空いた穴は、どれだけ針を通しても塞がらない。その痛みを誤魔化す様に、私は笑顔を作りました。

「……そういえば、廉さんはまだお嫁さんを迎えないのですか」
「見ての通り、貧乏人の独り者ですからね。僕が親なら、大切な娘をそんな男の所に嫁がせようとは思いませんよ」
「でも、気になる人くらいは居るのでしょう?」
「あはは、まいったなぁ。今日は随分と手厳しい質問をしてきますね。……生憎、その様な事に気をまわしている暇などありませんでしたから。今だって、父に恥ずかしい思いをさせぬようにと必死です」
「そんな事を言って……これではいつまで経っても『独り者』のままじゃないですか」
「そうですね……それでもいいかもしれません。僕には、ここに来る子供たちの方が大切ですから」

 自分で問いかけておきながら、その返答にほんの少しでも安堵をしてしまった私は、身勝手なのかもしれません。
 けれど……例え振り向いてもらえなくとも、こうしてただ傍に居る事が許されるのなら、私は―――…

「そうだ!廉さん、ここでお裁縫を教えるのはどうでしょう。隣町の手習では、お師匠さんの奥さまがお花を教えているそうですよ。覚えて損をする事はありませんし、きっと」
「凛さん。あなたが父を慕ってくださっていたのは、よくわかっています。……ですが、何もここまで尽くす必要はないのですよ」

 明るく振りしぼった声は言葉の途中で遮られ、代わりに私を見つめるのは、困惑をにじませた優しい瞳。

「廉さ…」
「父の死からはもう半年になります。まだまだ未熟ですが、一人でやっていけるくらいの余裕は持てるようになりました。だから凛さんも、僕になんか構わず、ご自分の事を考えてください。折角の花嫁修業の成果、こんな所で使うのは勿体無いですよ」

 きっとその言葉は、優しさをもってかけられたものなのでしょう。けれど私の心には、罪人を断罪する刀の様に、深く突き刺さるのみ。
 聴きたかったのは、そんな言葉ではない。望んでいるのは、そんな未来ではないのです。
 音の消えたその刹那、私は、目の前のその人を、ただ呆然と見上げていました。
 ―――…違う、違うのです。私が手伝いを申し出たのは、その様な理由ではないのです。

「……の為、だけではありません」
「はい?何か言いましたか」
「…………いいえ、何でもありません。……では、行ってまいります」

 音にする事の出来なかった言葉を再び形にする事は、どうしても出来ず。
 不思議そうな瞳から逃れる様に立ちあがると、私は戸に立て掛けてあった傘を手にとって、雨足の強まった空へ向けて広げました。

 鮮やかな赤の天井に切り取られ、はみ出す様にして覗かせている空は、墨を水で薄く溶かした様におぼろげに広がっています。
 そこから零れ落ちる水は、どこまでも透き通っていて。このまま全ての水分を落としたら、空には黒だけが残るのだろうか、などと取り留めのない事を考えながら、私は目的の紙屋へと足を運び続けました。
 天気のせいで道に人影は少なく、肌にまとわりつく湿った空気は、気分をより一層重くします。

『あなたが父を慕ってくださっていたのは、よくわかっています』

 確かに私は、師匠の事をお慕い申し上げていました。死の報を聞いて駆けつけたのも、純粋にその事を悲しく思っていたからです。
 ……でも、違う。
 私は―――…私は、その気持ちすらも、あなたの傍に居るための理由に利用しているのです。
 それを告白する事も出来ず、これからも嘘をつき続けようとする私は、なんと愚かなのでしょう。


 後ろ暗い気持ちを引きずる様に、足取りは重い。
 いっそこの雨が、墨の様に真っ黒だったらよかったのに。そうすれば、この身体も、気持ちも、すべて黒く塗りつぶしてしまえるのに……。




◇◆◇
念の為に補足しておきますが、寺子屋のお話です。
凛さんが通っていた寺子屋のお師匠さんの息子が廉さんで、廉さんは昔お父さんのお仕事をちょっと手伝っていた。
凛さん→16歳、廉さん→23歳くらいのイメージ。歳の差!
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ルカ誕!

お年賀SS

comment iconコメント ( -2 )

ありがとうございました!


立て込んでいて遅くなってしまいましたがリクエストにお答えいただきありがとうございました!

静かな文章の中にたっぷり練り込まれた様々な物語、過去も未来も双方の想いもどれもこれも気になって堪りませんでした…!満足感たっぷりな上に続きが大変気になります。
年の差に加えこの廉さんの朴念仁ぶりに「うおおお凛さん頑張れえええ廉さん気付けこのっ、このっ、このやろっ!」と心の中で密かに声援と罵声…いえ声援です。はい声援、を送っていました!
いつになったら凛さんが見ているのが父ではなく自身だと廉さんだと気付いて下さるのかソワソワしつつ、好き勝手妄想させて頂きます///

改めて素敵なお話ありがとうございました!また草月さんの時代物が読めるのを密かに楽しみにしていますね←
これからも無理せず執筆頑張ってください!

名前: 涙世 [Edit] 2013-01-31 19:34

コメントありがとうございます^^

涙世さん、閲覧ありがとうございました!丁寧な感想まで……!嬉しいです>///<

「江戸時代パロ」とお題を頂いた時、「うぉっふ、時代物か……書けるかなぁ;;」と心配していたのですが、楽しんでいただけた様で安心しました^^
色々と案を出していく中で、最終的に寺子屋設定で行く事が決まったわけですが、「歳の差は絶対に外せないだろう…!!」と書きながら萌え滾っていました///廉さんに憧れる凛さん……かわいい。子供の頃は廉さんに遊んでもらっていたんだろうなぁ、その頃からずっと思いを寄せているんだろうなぁ…と過去編を妄想するのもまた楽しかったです!
廉さんの鈍感っぷりは……だってほら、私の書くレン君ですから\(^o^)/
という冗談はさておき。
廉さんは父親が尊敬の対象であり、コンプレックスでもあるので、今は恋愛している余裕が無いんですよね。凛さんは凛さんで控えめな子だから、自分の想いをぶつける様な事はしないでしょうし……アレッこの二人、進展するのか?(^^;)
何だかんだ、凛さんはお裁縫を教える事だけは押し切りそうなので、このままの距離でそっと寄り添う様な関係が続くのかなぁ……凛さんはそこにささやかな幸せを見出しているんだろうな、などと考えてみたり。
その後の展開も妄想してみましたが、私の力ではどう考えてもハッピーエンドにはならなかったので、涙世さんの妄想でこの二人を幸せにしてあげて下さい(笑)
凛さんの気持ちに気付いた廉さんは、一体どんな反応を見せるのでしょうか。想像したら楽しいですね!その前に気付けるんですかね!!\(^o^)/



慣れない事に戸惑いつつも、とても楽しく書かせていただきました!また時間を見つけて挑戦してみたいですね、時代物。

重ね重ねになりますが、このたびはリクエスト本当にありがとうございました!!

名前: 草月 [Edit] 2013-01-31 22:57

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