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調子に乗ってまた書かせていただきました。
モジュール設定、f学生服組で、学ラン★パーカー(カイトモジュ)・生徒会執行部(レンモジュ)・トラッドスクール(リンモジュ)の三人を中心としたお話です。
キャラ付けがオーソドックスなものからちょっと外れています。……特にトラッドちゃん。
うちの子設定詳細などはまた別記事にて。




背反的二律カンケイ

 学校エリアは本日も晴天なり。校庭には元気よく駆け回ってる黄色ジャージの二人組に、雑談しているチア姉さんと陸上少女。彼女たちは相変わらず、仕事外の時間でも元気良く活動している様だ。
 そんな光景を、俺は花壇の淵に座ってぼんやりと眺めていた。
 ポカポカ陽気が心地よくて、んんっと伸びをひとつ。すると、ポケットに突っ込んだ物体が、穏やかなひと時の終了を告げるかの様にぶるると震えた。……はいはい、何処の何方が何の御用かな?

『今すぐ除湿しに来い!』

 画面を開いた途端飛び込んできた、件名も何もなく用件のみが記された簡素なそのメールを二回ほど読み返して、俺はため息交じりの苦笑を漏らした。
 事情を知らない人からしてみたら何のこっちゃだろう。あ、誤解のない様言っておくけど、俺に除湿機能なんてもんはカケラも備わっていないからね。
 けれど、それに限りなく近い仕事なら、成り行きで請け負っていたりはする。そのせいで巷では「生徒会室の空気乾燥器」なんてあだ名が付けられてしまったわけだが、なるほど、要するに出動命令か。

「……仕方無い、行って来るか」

 大事な同期の頼みとあらば断れない。ケータイを再びポケットに押し込むと、俺は現在進行形で問題が起きているであろう教室に向かうべく、腰を上げた。


***

「どーもー、お荷物預かりに窺いましたよっと」
「遅いッ!!」

 扉をスライドさせると同時に、くしゃくしゃに丸めた『苛立ち』を顔面に投げつけられた。
 酷いなぁせっかく来てあげたのに、といった言葉は口に出さない方が吉なので、不機嫌そうな顔で立ちあがる女性からの手厚い歓迎を甘んじて受け入れ、俺は見知った仲間が揃う部屋へと足を踏み入れた。
 便宜上「生徒会室」と名付けられたこの部屋は、一部の学生モジュールがたまり場として使っていて、くだらない雑談をしたり、場に相応しく会議なんかを開いたりしている。
 俺はこんな狭くて堅苦しい場所に籠るのは嫌だから、普段は外をふらついたり、運動組と一緒に軽く体を動かしたりしているのだけど、どうやら「ある人物」のお守りに任命されてしまったらしく、こうやってお呼びがかかる事がままあるのだ。
 部屋の奥、いわゆる生徒会長席で立ちあがるこの女性は、シンプルな桃色のシャツに首元の紅いリボンタイが可愛らしい、俺たち『f』シリーズ学生組の中ではリーダー的な役割を担っているモジュール、グラデュエート――通称グラさんだ。説明するまでもなく、彼女が俺を呼び出した張本人。
 その手前で向かい合っているのは、ポニーテールのてっぺんに飾られたリボンとピンクのセーターがキュートなミクモジュール、リボンガール(りーさん)と、おさげのツインテールが印象的で、俺にとってはお菓子シェア仲間でもあるルカモジュ、放課後モード(ほーちゃん)だ。おおかた話し合いに飽きたんだろう、机の上にはちゃっかりチョコレートの箱が並べられている。……ああっ、そのぽっきー期間限定のでしょ!?俺まだ食べてないのにズルイ!!
 ―――…ゴホン、脱線失礼。
 えー、さて。華やかな二人の更に手前の席には、机に突っ伏している黄色い頭。加湿器よろしくジメジメとした空気を醸し出している彼が…………そう。言うまでもなく、今回俺がここに呼び出されることになった元凶というわけだ。
 なんとなーく予想はできてるけど、確認も兼ねて、そっと耳打ちするようにほーちゃんに問いかける。

「一応訊いておくけど、何があったの?」
「リボンが地雷踏んじゃったのよォ。じゃれ合ってるスタエナ達が窓から見えて、『いつ見ても二人は仲が良いねー』って。そしたら、案の定加湿器のスイッチオン」
「なーる……」
「うー、だってすごく微笑ましかったんだもん」
「こいつの前でそのテの話題は厳禁だってば。もれなく『こう』なるから」

 ため息交じりに彼――白くんを指さすほーちゃん。ふむふむ、大方話は見えてきたぞ。
 彼女の説明を補足しよう。俺も断片的にしか把握していないのだけど、どうやら白くんは、鏡音モジュールの中でもペアの子達の話をされる事が大の苦手らしいんだ。
 彼の生い立ちやらモジュールとしての採用が決まった時の事やらが関係しているらしいのだけど、実のところ詳しい話は俺もまだ聞いていない。まぁ、彼やトラちゃんは、ちょっと複雑な事情を抱えているからね…………って、

「あれぇ?そういえばトラちゃんいないね」

 白くんの向かい側、いつもショートカットの少女が使っている席が空っぽだ。
 応えを促す様にほーちゃんを見遣ると、彼女は呆れた様に肩を竦めた。

「鬱陶しさに耐えきれず『ドカン!!』、よ。いつもの様に溜め込んだものを惜しげもなくぶちまけて、そのまま出ていったわ。あの様子じゃ当分戻って来ないわね」
「随分と淡白だね……心配とかしないの?」
「この二人が喧嘩をするなんて珍しくもないでしょ。―――…ああ、二人じゃないか。トラが一方的に突っかかってるだけか」

 ほーちゃんの無責任な言葉に、隣で聞いていたりーさんまでもがうんうんと頷く。

「もっと仲良くしてくれたら、私たちも気が楽なんだけどねー」
「何言ってんの。こんな萎れたモヤシ、腹ペコの虎だって気に留めないっての!」

 ははっと鼻で笑うほーちゃん。……うん、トラちゃんと動物の虎を掛けたのはわかったけど、それあんま面白くない。あーほら、りーさんも微妙そうな顔してるよ?

「はいはい、おしゃべりはそこまで!」

 すると、さっきまで傍観を決め込んでいたグラさんが、ついに見兼ねたのか、手をパチンと鳴らして話を遮った。
 茶色い瞳が俺の方を向く。

「パカ、あんたは早く自分の仕事をなさい。……それと、外行くついでにトラッドを探して来てくれたらありがたいんだけど」
「えぇ、それ俺の役目!?」
「良いじゃないついでなんだから。……まあ、あの子の事だから放っておいても心配はないだろうけど、一応、ね」

 一応心配なんだったら自分で行けばいいのになぁ……とは思ったものの、確かについでだし、別にいいか。
 良い様に使われている事実は取りあえず無視の方向で。まずは一つ目の仕事を片付けてしまいましょう。

「さー白くん、こんな所で悩んでいたって仕方が無いし、気分転換に外の空気でも吸って来ようか!」

 丸まった肩をぽんと叩いて話しかけると、自分の世界に籠っていた白くんは、俺を見上げて鬱陶しそうに顔をしかめた(ちょっと、キミにそんな顔されるなんて心外なんだけど!)。

「……またあなたですか。いい加減僕の事は放っておいてくださいよ」
「それが、そういうわけにもいかないんだよなぁ。俺はそこの三人には逆らえないし、キミの事も放っておけない。……ということで、スタンダップだよ白くん!」

 こうなったら強硬手段だ。背後から脇下に手を回し、椅子から引きずり落とす。
 ―――ガタッバタン!
 派手な音を立てて椅子が倒れる。いきなりの事に呆然としていた腕の中の物体は、はたと我に返って暴れ出した。あぁこら、抵抗したって無駄だよ!

「ななな何するんですかッ!放して下さい!!」
「だが断る!だって放しちゃったらキミ、こっから動く気ないでしょ」
「でしょ、じゃありません!そもそも行動の自由は僕に帰属するハズですよ!勝手に侵害しないでください!!」
「いやぁ、でも精神の自由が侵害されてるってクレームが入ってるから、早急に対応を」
「それ精神の使い方間違ってますから。シめられますよどっかの偉い人に」
「あそこの怖ーい人たちにシめられるよりはマシ。ささ、早くここから出ましょうね~」

 がっちりと腕を固定したまま、バックオーライ。未だ抵抗を諦めない白い物体をずるずると引きずりながら入口まで戻り、

「それじゃ、お預かりいたしまーす」
「よろしく頼むわよ」

 ひらひらと手を振って中の三人にあいさつをすると、逃げ場を塞ぐようにぴしゃりと扉を閉めた。
 よし、第一段階ようやく終了、かな。


***


「ほら、こんないい天気なんだからさ、そんなとこ居ないでこっちおいでよ」

 学生にとって、サボリや逃亡場所の定番と言ったら、やっぱ屋上しかないだろう。
 キラキラと降り注ぐ日光を全身に受けながら背後を振りかえると、白くんは出入り口の横、丁度日陰になっている部分の壁に寄りかかりながら、恨めしげに俺を眺めていた。

「いやですよそんなまぶしい所。僕はここで十分です」
「もー。そんなんだから『もやし』とか言われちゃうんだよ?」

 色白で線が細くて日陰を好む。おまけに水分含有量過多。女性陣(主にほーちゃん)からこんなあだ名をつけられてしまうのも、なんか納得だよね。
 俺のからかいに白くんは一瞬だけむっとしたけれど、すぐに面倒くさそうに視線を逸らした。

「もやしで結構です。……だいたい何ですか、皆して『白くん白くん』って!僕のモジュール名は『生徒会執行部』です!白なんて単語はどこにも入っていません!!」
「えー、じゃあ『しーくん』で。これなら執行部の『し』でもあるし、問題ないでしょ?」
「なにいきなり新密度上げてるんですか」
「キミと俺との仲じゃないかー。ほぉら、学ラン仲間☆」
「やめてください気持ち悪い!」
「うーわー、傷つくなぁ」

 ショックを受けたことをアピールする様に大げさに項垂れて見せたけど、しーくんは見向きもしない。ちょっとちょっと、マジで傷つくんですけど!
 仕方が無いなぁと肩を竦めて、彼の隣に並ぶ。それに気づいたしーくんの目に迷惑そうな色が浮かんだけど(ほんと酷いなこの子!)、文句を言うのも面倒くさくなったのか、諦めたようにため息を吐いただけだった。
 そのまま会話はぱたりと止んで、お互いぼーっとしながら空を眺める。
 ポカポカの日向と違って、ここはひんやりと肌寒い。……彼は何でこんな場所を好むんだろう。

「……面倒くさいって思っているんでしょう?」

 ただのひとりごとなのか、それとも俺に向けられた言葉なのか。視線だけで彼を眺めてみると、その目はちゃんと俺の方を見ていたから、これは俺に向けた問いかけなんだろう。

「面倒くさいね、色々と」

 飾る必要も感じられないので素直に答えると、返ってくる答えなんてあらかた予想していただろうに、少しだけ傷ついた様な顔になった。それちょっとずるくない?

「じゃあ何で僕に構うんですか。放課後さんやグラデュエートさんに何を言われようと、あなたなら軽く流せるでしょう」
「その場しのぎで流しても、後が怖いからなぁ……。まぁ、ぶっちゃけると、面白いから……かな?キミの反応が」

 にやりと笑いながら反応を窺うと、しーくんは目をぱちくりとさせた後、ふいっとそっぽを向いて「やっぱりあなたは嫌いです!」と呟いた。うんうん、期待通りの反応。やっぱ面白いわ。

「それにしても、なしてキミはいつもトラちゃんと喧嘩しちゃうわけ?他の子とはそれなりにうまく……は無いかもしれないけど、何とかやっていけてるじゃない。しょっぱなからドロドロとしたオーラ醸し出していたけど、キミたち二人、一体何があったの」

 モジュールとしての採用が決まった日の、最初の顔合わせ。直前でスタエナ達に散々じゃれつかれたもんだから、相変わらず『鏡音』は仲がいいなー、そう言えば学生服モジュールにも『鏡音』がいるんだっけ、彼らもこんな風に仲良しさんなのかなー、と若干げんなりしながら生徒会室の扉を開けたのだけど、俺の予想に反して、そこに居たのは互いにそっぽを向いてどんよりとした空気を纏う『鏡音』の姿だった。
 いやぁ、当時は参ったね。何があったのかは知らないけれど、どちらもその件には触れてほしくない空気ビンビンだったし、この子らとうまくやっていけるのかマジで心配だった。……この状況を見ると、実際うまくやっていけてはいないんだろうけどさ。
 俺の問い掛けにしーくんは暫く無言で俯いていたけれど、やがて空の向こう側を眺める様に顔をあげて、ぽつりと呟く様に語り始めた。

「……僕たちには、互いに自分の『片割れ』がいました。僕のリンはいつも明るくて元気な子で、彼女のレンは、落ち着いて優しそうな人でした」
「らしいね。ちょっと見た事あるよ」

 俺らはいわゆる「公募組」ってやつで、数ある応募の中選考を勝ち抜いて、今こうしてここに居る。特に彼ら『鏡音』はペアで参加する者が多くて、彼やトラちゃんの片割れの姿も、出願シートでお目にかかった事があった。

「でも、『モジュール』としてこの世界に来られたのは、僕と彼女だけだった。リンや彼女のレンがいまどこに居るのか、僕たちにはわからない。会う事も出来ない」

 ……そう。これが「公募組」の悲しい所。もとより採用が決まっていた者(その為にデザインされた者)とは違って、俺らは最初に生まれた時点では概念的な存在でしかない。魂みたいなもんだっていったら分かりやすいかな。
 そんな魂だけの俺達は、お偉いさん方に形を与えてもらって初めて、ここに存在する事が出来た。つまり、形が与えられなかった者たちは、未だおぼろげな概念として浮いているか、消えてしまったかのどちらかだ。

「初めて彼女と会った時、嫌でも実感したんです。あぁ、ここには僕一人しかいないんだって。彼女は確かに『リン』だけど、僕の知ってる『リン』じゃない。同じ枠組みの中にいるのに、僕と彼女は片割れ同士じゃないんです」
「それで、『キミは僕のリンじゃない』……とか言っちゃったわけじゃないよね?トラちゃんに向かって」

 話の流れから憶測で問いかけてみると、しーくんはぐっと言葉を詰まらせて、そのまま俯いた。
 無言。それが答えなんだろう。

「……最低だね、キミ」
「わかってますよ、そんな事」

 冷たく吐きだした言葉に、返ってきたのは自責の念、だろうか。でも、なるほどね。ようやく合点がいったよ。
 最初に合った時俺がしーくんから感じたのは、虚無。モジュとしてデビューする事への期待や希望なんてもんは一切感じられなくて、ただどこか曖昧な点をずっと見つめているように見えたんだ。
 対して、トラちゃんから感じたのは、怒りや悲しみや悔しさがごちゃ混ぜになった感情。実際どんなやりとりが交わされていたかは判らないけれど、もし本当にあんな事を言われたのだとしたら、堪ったもんじゃないだろう。
 あー、やっぱこの子ら面倒くせぇ。

「でもさ、いつまでも引きずってる訳にはいかないんだし、さっさとごめんなさいして仲直りすればいいじゃん。この場合悪いのはしーくんなんだから、キミから謝りに行かないと」

 実際すぐに許してもらえるとは思えないけれど、何もしないよりはマシだ。必要なのは歩み寄り!挫けず誠意を見せ続ければ、流石のトラちゃんも折れてくれるかもしれないよ。
 そんな俺のアドバイスに対するしーくんの反応は、苦々しげに顔を顰めるといったちょっと信じ難いものだった。

「……僕は、彼女が苦手です」
「何で?」
「何でって……その位察してくださいよ」

 えー、それそこまで俺に求めんの?むっ唇を尖らせると、しーくんはもう、仕方が無いですねとでも言いたそうな顔でため息をついて、のろのろと説明を始めた。

「彼女……や、あなたの言う事は理解できます。いつまでも過去にとらわれていたって何も変わらないし、たぶん、正しいのは彼女の方なんだと思います。……でも、僕は彼女ほど強くないし、簡単に割り切る事も出来ない。彼女を見ていると思ってしまうんですよ。『どうして僕はいつまでも抜け出せないんだろう』って」

 しーくんが足元に転がっている小石を蹴りあげる。カツン、コンコン……何度かコンクリの上を弾んだそれは、日陰からちょっと飛び出した所まで転がって止まった。その様子を見届けて、しーくんが再び口を開く。

「……それに、時々思うんです。『本当に僕がここに居て良いのだろうか』って」
「はぁ……何でまたそんな事を」
「僕とリン、どちらかを選ぶとしたら、きっとリンの方がモジュールとして相応しかった。リンは僕と違って前向きだし、皆に好かれる様な性格ですから。採用されるのがリンの方で、僕は他の応募者たちみたいに、形を得る事もなく消えていってしまった方がよかったのかもしれない」

 しーくんはそれっきり、ぱたりと口を閉ざしてしまった。
 俯いたひよこ頭を見下ろしながら、暫し思案する。うん……そうだな、うん。
 一人勝手に納得すると、腕を伸ばして汚れ一つ無い真っ白な学ランの襟を掴み―――

「そりゃっ」
「!?」

 思いっきり前に放り投げた。あー、やっぱ軽いな。ますますモヤシみたいじゃん、ちゃんと栄養摂ってんの?
 日向に投げ出された細い身体は、よろよろと倒れそうになりつつもなんとかバランスを保って踏みとどまった。若干青くなった顔が勢い良くこちらを振り向き、ぱくぱくと口が開閉される。

「な……何するんですかいきなり!危ないじゃないで」「こんな日陰にいちゃ、世界はいつまでたっても薄暗いままだよ」

 人差し指を向けながら宣告を下す。青い瞳が大きく見開かれた。

「ほら、そっからの景色はどう?ここが楽しそうな場所に見える?少なくとも俺は見えないね。……まぁ、たまには落ち込んで引きこもりたくなったりもするけどさ、お天道様の光浴びて元気もらった方が、色々ハッピーじゃん?」

 トンと地を蹴って、日向へと飛び出す。

「だいだいさ、キミは考え方が後ろ向きすぎるんだよ。相応しいとか相応しくないとか、そんなのお偉いさん方が勝手に決めた事なんだし、俺らが気にしたってしゃーないじゃん。それに俺キミのリンちゃんの事知らないし」
「でも……!」
「それと、さっきの発言はトラちゃんにも失礼だから。わかってるよね?」
「……っ」

 何かを言いたげに開かれた口は、言葉を発する事が出来ずに閉ざされた。
 気持ち沈んだ肩をポンポンと叩いて、笑いかける。

「ほら。わかったなら、ぼさっとしてないでトラちゃん探しに行きなよ。彼女を怒らせた原因はキミにあるんだよ?ちゃんと謝って、仲直りしといで」
「……今更何を言ったって」
「言わないよりは、変わる可能性は高いんじゃないの?」
「………………わかりました。そこまで言うのなら、行ってきますよ。……期待はしてませんけど」

 えー、何その俺がごちゃごちゃうるさいから仕方が無く行ってやるみたいな言い方!ほんと変なとこ頑固だなぁ。……でもまぁ、ちゃんと向き合う気になってくれただけでもいいか。
 そんな事を考えながら、若干重い足取りで出入り口に向かう姿を見送る。

「……っと、その……」

 すると、すれ違い際にしーくんが何かぼそりと呟いた。ん、何?「あ」……?
 イマイチ聴きとれなくてじっと眺めていると、なんだか凄く起こった様な顔で睨まれた。あれ、ちょっと顔赤くない?

「何ですかじろじろと!」
「え?いやゴメンさっき何言われたのか聞き取れなくて。で、何」
「何でもありません!!今度こそ行ってきますッ。……こっそりついて来たりしないで下さいよね!?」
「しないしない。俺この後やる事あるし。ほら、さっさと行った!」

 まったく、落ち込んだり怒ったり、忙しい子だなぁ。
 苦笑しながら手を払いつつ、先に進む事を促す。しーくんは暫くの間「えー本当に残るんですか信じられないんですけど」みたいな視線で俺をじぃっと検分していたけど、どうでもよくなったのかふいっと視線を逸らして、そのまま扉の向こうへと消えていった。
 階段を下りる音が遠ざかる。その音が完全に聞こえなくなったところで、俺は出入り口の裏側へと視線を移した。そして。

「で。隠れてないでそろそろ出ておいでよ――――トラちゃん」

 ここからちょうど反対側に潜んでいるであろう人物に向けて声をかけた。
 空気が一瞬ためらう様に震える。気付かれた事に焦っているような、そんな感じだ。
 反応が無いのを見た所、諦めて俺が立ち去るのを待っているのかな。でもごめん、俺の仕事まだ残ってるから、出て来てくれると非常にありがたいんだけど。
 お互い一歩も譲らず待つ事数秒。いい加減観念したのだろう、『不機嫌』を人型にしたみたいな少女が、カツカツと荒い足音を立てながらぬっと姿を現した。……おー、怒ってる怒ってる。
 刺す様な視線を全身で受けつつ、無実を証明する為にも両手をあげる。

「一応弁解しとくけど、先客がいるなんてこれっぽっちも知らなかったんだよ?だから、これはただのぐーぜん」
「……何も訊いていないんだけど」
「えー、いかにも『何でここに来たんだ!?』って言いたそうな顔してるじゃん。俺はただ外の空気を吸うには屋上が一番かなーって思っただけで、キミの邪魔をしに来たわけじゃない。被っちゃったのは悪かったよ、ゴメン」
「じゃあ、何で気付いた時点で場所を変えなかったの!?」
「そんなことしたら却って怪しまれるじゃん。俺はこれでも、キミがここにいる事がしーくんにバレない様、気を使ってあげてたんだからね」
「…………」

 茶化す様に言ってみたけれど、トラちゃんは疑り深そうな目で俺を睨むばかりだ。……あのさ、しーくんといいキミといい、俺ってそんなに信用ない?
 いやほんと、扉を開ける瞬間まではキミがいる事に気付かなかったんだってば。近くで隠れているのに知らんぷりするの、結構しんどかったんだよ?俺のファインプレーが功を奏して、見事しーくんには君の存在がバレなかったのだから、褒めてもらいたいくらいだ。……なーんて言ったら、げんこの一つでも飛んできそうだから言わないけどね。
 呆れてどっか行っちゃうか俺がここから追い出されるかするかなぁと思ったけど、意外にもトラちゃんは一つ息を吐いただけだった。扉を挟んだ反対側に、トンと背中を預ける。……何ですかこの微妙な距離。そんなに俺に近寄るの嫌なの?
 そのままこちらには目もくれず上方に視線を移してしまったので、仕方が無く俺も正面ちょっと上の方を向いた。
 空は相変わらず綺麗な青だ。お互い言葉を発することなく、流れる雲や飛んで行く鳥をぼんやりと眺めている。……なんかこれデジャブじゃね?

「―――…あいつ、あんたに対しては随分と饒舌なんだ」

 そんな事を思ってた矢先、ひとり言のように呟かれたトラちゃんの言葉。……「あいつ」ってあれだよね、しーくんのことだよね。えー、饒舌かぁ?思いっきり拒否られてるだけだと思うんだけど。
 なんか色々同意できなくて彼女の方を振り向くと、空を見つめる横顔には、何かを納得できない様な表情が浮かんでいて。
 えっと、これは、

「……ひょっとして焼いてる?」
「何に?」
「俺に?」

 からかい半分、真面目半分にそう問いかけると、訝しげな表情がみるみるうちに「何言ってんのバカじゃないのちょっといっぺん埋まってきたらどうなの」とでも言いたげに顰められた。……あれぇ、違った?結構自信あったんだけど。

「や、キミがしーくんの事そんな風に気にしてるとは思わなかったからさ」
「そんなんじゃない!……ただ、あたしに対してあんな風に突っかかってきた事なんてなかったから、意外だって……それだけよ」
「あぁ、そういやキミはしーくんに苦手意識持たれてるからね。彼からしてみりゃ俺も得意な部類じゃないんだろうけど、敵意が無い分、多少は心を開いてくれてるんじゃないかな?」

 揶揄する様に言ってみると、トラちゃんはますます不服そうな顔になった。やっぱ焼いてんじゃん!ていうか対抗心?何だかんだしーくんを手懐けてる俺に対する、さ。
 そりゃ、キミは彼に対して敵意しかない様なもんだから、しーくんだって本心をさらけ出すのは戸惑うでしょ。矛先収めりゃガードもゆるくなるよ!
 ……なんてアドバイス、端っから聞く気なんて無いんだろうから黙っておこう。出し損なんて勿体無い。
 それにしても。

「第一印象が最悪だった事はわかったけど、それにしたってキミ、しーくんに突っかかり過ぎじゃない?初めて顔合わせてから結構経つのに未だにこんな調子だし、なーんか引っ掛かるんだよねぇ……」
「……何でそんなことを気にするの」
「んー、好奇心?」

 可愛く首をかしげて見せたら刺し殺しそうな視線を返された。まってちょっとごめん、俺が悪かったからメッタ刺しだけは勘弁して!

「いや、でもここまで首を突っ込んだからには、最後までお供したいなぁと」
「しなくてもいいってば!あたしが何を考えていようとあんたには関係ないし、あいつの事だってどうでもいい!!これ以上余計な口出しは」
「ほーら、そんなカリカリしない。これでも舐めてちょっと落ち着きなよ?苛々した時には糖分がイチバン!はいキャッチ!!」

 学ランのポケットから棒付きのキャンディーを取り出して、ポンと軽く投げる。放物線を描いたそれは、反射的に差し出されたトラちゃんの手中に見事収まった。うんうん、我ながらナイスコントロール。
 うっかり受け取っちゃったトラちゃんは何だかすごく悔しそうな顔をしていたけど、俺が知らん顔をしたのを見て諦めたのか、ため息を吐いてついっと視線を逸らせた。因みに食べてくれる気はなさそうだ。

「……何が『ここに居ていいのか』よ。ほんっと馬鹿馬鹿しい」

 ぽつり。降り出した雨の一滴の様な言葉は、次第に勢いを増して、あっという間に大降りとなった。

「あいつは意気地無しよ!いつまでたっても『リン、リン』って……あんたの『リン』はもう居ないんだから、早いとこ忘れてシャキッとしなさいよ!見ていて苛々するっ!!そもそも、あたしたちは選ばれたモジュールなのよ!?もっと堂々としてればいいじゃない!なのにウジウジウジウジ……仕舞には『自分よりリンの方が』なんて、ばっかみたい。甘ったれるのはいい加減にしてよね!!」
「うーん、その意見には八割くらい同意するけど……でも、いくらこの世界に存在しないからって、片割れのことを無かった事にしちゃうなんてのは、なかなか難しいんじゃないの?キミら『鏡音』にとってはさ」
「あたしはそういうのが嫌なの!『鏡音』だから片割れがいなくちゃダメだとか、片方だけじゃかわいそうだとか……そんな風に言われるのはもうウンザリ。あたしは『片割れ』なんかいなくたってへいき。必要だなんて思ってない!」
「そんなもんかねぇ……。でも、だからってそれをしーくんにまで押しつけることはないでしょ?考え方は人それぞれなんだしさ。それにキミだってさ、ほら、時々『レン君』のことが恋しくなったりするんじゃないの?」
「レンは関係ない!」

 返ってきたのは、怒っているはずなのに、ちょっとだけ泣き出しそうな叫び声だった。

「……どんなに焦がれたって、存在しないものは手に入らないの。あいつだってわかっているはずよ。そんなものにいつまでも縛られていたって仕方がないじゃない。なのに……!」

 強く握り過ぎて白くなってしまった指先。小さく震えるその拳を見て……ああそうか、そういうことか。

「大丈夫、なんじゃなくて、大丈夫でありたいんじゃないの。キミはさ」
「……どういう意味よ」

 訝しむ様にあげられた視線に、ほんの少し戸惑いが混ざる。俺は気にせず言葉を続ける。

「だからさ、片割れに縛られたくないってのはキミの願望でしょ?レン君がいなくたって一人で立っていける自分でありたい。頼れる者がいないのだから、そうするしかない。その為に、自分の思考からレン君を追い出そうとした。違うかな?」
「……」
「そうやって『片割れがいなくたって自分は大丈夫』って思える様になったのに、しーくんがいつまで経っても煮え切らない態度じゃ、そりゃあはらわたも煮えくりかえるよね。寧ろ、自分の心の奥底を覗き見ている様で怖いんじゃないの?」
「……つ、そんな事は」

 さっきまでの勢いが嘘の様だ。俺の言葉にすぐに反論できなくて、トラちゃんは唇を噛む。
 でも、うん、そうだよね。本当に大丈夫だったら、しーくんのあの態度くらい軽く流せるだろう。大丈夫じゃないから色々気に障っちゃって、結果的に拒否反応?しーくん的にはいい迷惑だよね。

「結局はさ、キミも『片割れ』の存在に縛られたままって事だよね。俺からしてみりゃキミもしーくんも同レベルだよ。……いや、それを認めない分キミのが性質が悪いかな?片割れがいなくたって、キミら『鏡音』は二人セットで考えられちゃうわけで、つまりしーくんはキミにとって対となるモジュールでしょ?そんな彼に『対』として認めてもらえなかった事が悔しいのかなって最初は思ったけど……何だ、そこも全部ひっくるめて、やつあたりしているだけじゃん」
「――――っ!!」

 大きく目を見開くトラちゃん。そしてその頬が、みるみるうちに赤く染まっていって――――
 彼女の手が大きく振られる。あ、殴られるかな、と思ってとっさに身構えたけど、拳がぶつかる事はなく、代わりに丸くて堅い物体が顔面めがけて飛んできた。痛ッて!何だこれ?……あぁ、さっき俺が彼女にあげた飴か。
 もう、返却不可だよ!と押し付け返そうと思ってる間にも、彼女は俺に背を向けて、さっさと校舎の中に入っていってしまった。
 バタン!派手な音を立ててドアが閉まり、俺はただ一人、ポツンと屋上に取り残された。

「……さて、どうしたものかな」

 返ってきた飴の包み紙をぺろりと剥がし、口の中に押し込む。
 流石にちょっと言い過ぎたかなぁ。でもしょうがないじゃん、「フシャーッ!」と毛を逆立てて威嚇してくる猫みたいだったもんだから、ついつい構ってあげたくなっちゃってさ。
 一応反省はしとくけど、これで彼女の俺に対する株は急降下だろうね。あ、株なんて元々ない様なもんか。
 こんなのグラさんに知られたら、「余計なことするんじゃない!」怒られちゃうんだろ―――…

「あ」

 ……そうだ、俺トラちゃん連れて帰る様に言われてたんだっけ!ちっくしょう、せっかく探す手間が省けたと思ったのに、また見失っちゃったじゃん!いや俺が悪いんだけど……!
 慌てて扉の方に目をやってみたけど、今から追いかけたってトラちゃんが機嫌を直してくれるわけでもないし、寧ろ「あんたと一緒に戻るなんて嫌!」とか言われるだろうし…………ま、いいか。気がすんだら自分から戻るでしょう、うん。

 どすんとコンクリに腰をおろして空を仰ぎ見る。あー、こうしていれば平和なんだけどなぁ。
 それにしても、あの二人。一体どうなるんだろうね。
 片やズルズルと片割れちゃんの事を引きずって先に進めないモヤシボーイ、そして片や自分を縛ってるもんを振り払いたくてがむしゃらに突っ走っちゃってるネコ科モジュール属……。りーさんやほーちゃんの言葉じゃないけど、相入れない二人が仲良くするなんて夢の様な出来事、この先ありえるんだろうか。
 え?首を突っ込んだからにはお前責任もってどうにかしろって?冗談!俺は二人が仲良くしようが悪くしようが本人たちの自由って思っているし、どっちに転んだってぶっちゃけ関係ない。今まで通り、その時の気分でちょっかい出すだけだよ。
 ……ああ。でも、仲良くしている二人の姿ってのは、想像できないだけにちょっと興味あるかな。だからって積極的に仲介役に名乗りを上げる気はないけど。
 とりあえず俺にとっての目下の問題は、トラちゃんを取り逃がしたことに関してグラさんにどう言い訳するべきかって事であって、二人の今後について思いを巡らせるのは二の次だ。ひょっとしたら、怒ってるトラちゃんとしーくんが鉢合わせして第二ラウンドが勃発しているかもしれないけれど、取りあえずは気にしない方向で。探しに行くかどうかは、この飴を舐め終わってから決める事にしよう。


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