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七夕のお話です。近親鏡音・ほのぼの寄りで、ほんのり甘めを目指しました。
箱庭の星空

「これがわし座。こっちはこと座――」

 白くて細い指が薄桃色の塊を掴んで、白い欠片の横にコトンと置く。
 四人掛けのダイニングテーブルには大小様々な金平糖が散らばっていた。袋を開けるときに勢い余って零してしまったようにも見えるけれど、すべてリンが自分の手で並べたものだ。
 残念ながら、僕には彼女が適当に置いているようにしか見えない。星座の名前を出されたって、そもそも元の形がどんなものかわからないのだから尚更だ。
けれど、彼女の目には夜空に浮かぶ星座が映っているらしい。
 金平糖の星に、夜の空みたいな真っ黒なテーブル。リンの手によって生み出される小さな「宇宙」を、僕は手を出すでもなく、向かいの席からただぼんやりと眺めていた。

「――そしてこれがはくちょう座ね。わし座の一等星をアルタイル、こと座の一等星をベガって言って、これが彦星と織姫なんだよ」
「ふうん……。はくちょう座は?」
「はくちょう座の一等星はデネブ。この三つの星を結んで、『夏の大三角形』って呼んでいるの」

 不規則的に並べられた金平糖の中でもとりわけ大きな三つを順に指しながら、リンは得意げに解説をする。星座の名称位なら僕だって聞いたことはあるけど、星の名前まで行くと、流石にちんぷんかんぷんだ。
 友達の名前を紹介するみたいに、すらすらと彼女の口から流れ出る単語。僕にとっては呪文の一種と同等だ。

 ところで、彼女がなぜここまで星に詳しいのかというと――何のことは無い。彼女が天体マニアであり、れっきとした地学部の一員だからだ。
 化学部・生物部と並んで「オタクっぽい」と不評の文化部の中でも、地学部は群を抜いてその活動内容が謎に包まれている。中に人がいるはずなのに部室にはカーテンが引かれていることが多く、表立った活動もあまり聞かない。
 そのせいか、「地学部に所属する人間は根暗ばかりだ」なんて噂がそこかしこで囁かれているらしいのだけど、当のリンは、多少人見知りではあるけど慣れれば誰とでも仲良くなれる明るい性格なのだから、その噂に信ぴょう性は一切ない。
 ちなみに彼女曰く、部室に暗幕が張られているのは簡易型のプラネタリウムを上映するためで、大々的に宣伝はしないけれど、部秘蔵の高性能望遠鏡を活用した夜空の観測会も、年に何度か開いているそうだ。
 一緒に入ろうよ、と誘われたこともあった。
 中学に入学すると学年のほぼ半分の生徒が別の小学校から来ていたから、最初のひと月くらいの間、リンは僕の傍から離れたがらなかったのだ。
『クラスは離れちゃったけど、せめて部活くらいは一緒にしようよ?レンがいてくれたら、私も安心だから』
 助けを求めるような目で懇願されて、気持ちが揺らがなかった――といえば嘘になる。新しい場所、新しいコミュニティの中で友達が作れるのかどうか不安な状況下、無償で傍にいてくれる片割れの存在というものは非常にありがたい。
 でも、リンには本当に申し訳ないのだけど、僕にあの部活の魅力は全く理解できなかった。
 元々運動が苦手なリンに運動部に入るという選択肢は存在せず、結局、入部届にはお互い別々の部活名を記入して提出した。
 小学校が同じだった奴らには、「お前ら双子なのに部活一緒じゃねーの?」なんて不思議そうな顔をされたけれど……そんなの、当たり前だろ。
 運動が好きな僕と、苦手なリン。星が好きなリンと、別段興味のない僕。
 どれだけ見た目がそっくりでも、僕らの中身は、こんなにも違うのだから。



「――それで。その『デブ』みたいな名前のヤツは、どんな役割なの?」

 砂糖菓子の星座の一点を指さして問うと、とたん、リンの片眉が吊り上がる。

「デ・ネ・ブ! ……役割って何のこと?」

 一種の愛称みたいな感覚で発したその名も、彼女にとっては許しがたい侮蔑の言葉だったらしい。少々棘のある声で訂正が飛んできて、直後、いぶかしむ様に首が傾げられる。

「いや、三角形の頂点が彦星と織姫なら、もう一個も何かあるのかなーって」
「ああ、そういう事……別に何もないよ?」
「……『大三角形』に選ばれたのに?」
「大三角形と七夕のお話は全然関係ないもん。明るい星を繋いだ形がちょうど三角形になって、その中の二つがたまたま織姫彦星だっただけだよ」
「なーんだ。残りの一個が『織姫か彦星どっちかの不倫相手!』とかだったら面白かったのに。ぴったし三角関係じゃん」
「もー! レンはロマンが足りない!!」

 むすっと頬を膨らませて黙ってしまったリンを見て、ああ、やっぱり僕にこの部活は向いていないな、と改めて思う。
 ……いや、寧ろただの物語にロマンチックさを求めるリンの考えに同意できないというべきか。女の子の考えることはよくわからない。


 薄いレースカーテンの向こうでは、しとしとと降る雨が窓を静かに叩いている。
 今夜は七夕。星に関する一大イベントの一つであり、リンの部活でも、それに因んだ観測合宿が開かれる――――予定だったのだが、こんな天気では天の川なんて見えるわけもなく、つい先ほど、顧問の先生から正式に中止の連絡が入ったばかりだった。
 リンは今日の合宿を本当に楽しみにしていた。
 星を見ることは勿論、部活の友達や先輩と一晩中一緒に過ごすのも、楽しみの一つだったに違いない。机の上のこの金平糖だって、「合宿でみんなで分け合うの」と一週間くらい前に買ってきたものだった。
 入部したての頃は僕が一緒じゃないことにあんなにも不安そうにしていたのに、今ではすっかり溶け込んでいるのだから。なんだ、僕がいなくても大丈夫なんじゃん、とちょっとだけ拍子抜けだったのは、ここだけの話。
 見ることの叶わない星空と、分け合うことのできなかった星形の砂糖菓子。まるでその二つを埋め合わせるかのように、リンの、そして僕の目の前には色とりどりの「星」で出来た夜空が広がる。
 リンだって本当は、こんなんじゃ物足りないのだろう。興味のない僕ですら、美しさも、得られる感動も、本物とは比較にならないと考えてしまうのだから。
 でも、こうせずにはいられなかった。僕がどんな言葉をかけたってリンの落胆を取り除くことは出来ないのだから、好きな様にさせてあげるしかない。リンが少しでも満足するなら、僕はそれで構わない。

 完成したと思われた「夜空」を、リンは暫くの間うっとりと眺めていた。けれど、星座を作るだけでは満足できなかったのか、おもむろにスーパーの袋を拾い上げると、封の開いていない金平糖を取り出す。
 机の上に並べられた金平糖よりも、さらに小さな星の粒。リンは透明な袋の上部を両手で摘まんで左右に引くと、僕があ、と声を漏らす間もなく、「夜空」に向けて中身を放出させた。
 白、黄色、オレンジ―――…色とりどりの星の粒が、さらさらと音を立ててテーブルの上に流れ出る。星座の合間を横切るように引かれた一本の細い線を見て、これまで大人しく彼女のやることを見守っていた僕も、流石に口を挟まずにはいられなかった。

「リン、いい加減食べ物で遊ぶのはよしなよ。勿体ないよ」
「テーブルは綺麗に拭いたもん! それに後でちゃんと食べるし」
「全部? 一人で? 太るよ」
「うるさい!」

 僕の指摘にすっかりへそを曲げてしまったリンは、ぷくりと頬を膨らませてそっぽを向く。そしてレジ袋からもう一つ同じ金平糖を取り出して、先ほど描いた線の先端から続きを伸ばした。
 星で出来た一本の川――――ああ、これは天の川か。織姫と、彦星と、天の川。この三つが揃ってようやく、彼女の七夕のステージは完成したというわけだ。
 雨足は先ほどよりも強まったらしく、空から落ちる雨の音が、窓枠を伝って落ちる雫の音が、会話の消えてしまった僕らの間に静かに溶けていく。
 しっとりと湿った空気は肌に貼り付くようで、ここにある小さな星たちをべっとりと溶かしてしまいそうに思えた。
 指を伸ばして星粒のひとつを突く。カタ――コトン。ごつごつとした表面は砂糖の欠片でざらついていて、そしてやっぱり、少しだけしっとりしているように感じた。
 暫くの間前後に揺らしながら弄んでいると、流石に気になるのか、リンの視線が僕の指元に留められる。
 カタ――コトン。カタ――……コトン。

――ああ、これは何という星だったっけ。

 指先で転がしていた飴玉ほどの大きさの金平糖――つい先ほど、彼女が愛おしげに説明していた三つの星のうちの一つをひょいと摘まむと、僕はそのまま、それを口の中へと放り込んだ。
 舌先が甘さを認識するのと彼女の口が開かれるのは、ほぼ同時だった。

「あっ……! ちょっとレン、何するの!?」
「……いいじゃん、一個くらい」
「ダメなの! それはアルタイルだよ、織姫が一人ぼっちになっちゃったじゃん!」
「まだいっぱい残ってるんだから、もう一回置けばいいだろ」
「彦星は一人だけなの! 違うオトコに乗り換えるなんて許されないんだからね!」
「だからこれはただの金平糖……」

 怒るリンの勢いに押されて、もごもごと言葉を濁す。何であんなことをしてしまったのかは自分でもわからない。触れていたら食べたくなってしまっただけかもしれないけれど、そんなつもりはないし……。
 舌先でカランと転がすと、ほのかな甘みが口いっぱいに広がった。黄色だからってパインやレモンの味がするわけでもなく、ごくごく普通の砂糖味。噛み砕いてしまうことは何となくできなくて、飴玉を舐めるみたいに、奥歯と頬の間に挟み込んだ。
 欠けてしまった「星空」を見下ろして、リンはしょんぼりと肩を落としている。無意識とはいえ悪い事をしたかな。完成させるのに30分くらいかかっているのに、それを堪能する時間は5分に満たなかったのだから。
 とはいえ、一度口に入れてしまったものをもう一度出すわけにはいかないし、僕にはどうすることも出来なくて、誤魔化すように言葉を繋ぐ。

「そろそろ片付けた方がいいんじゃない? 母さん帰ってくるよ」

 言い訳じみた僕の指摘を聞いて、リンは上目づかいに僕を睨み付ける。
 けれど、買い物から帰ってきた母さんがこの机を見て怒り出すことは容易に想像できたのか、名残を惜しむ様にテーブルに目を落とすと、僕がとったものと同じ大きさの「星」を口に入れた。

「……結局食べるんだ」
「だってレンがアルタイルを食べちゃったんだもん。ベガだけ残しておいてもかわいそうじゃない」

 拗ねたように唇を尖らせたリンの口の中で、金平糖が歯にぶつかる音が鳴った。
 カラ……コロン。お互い噛み砕くことはせずに、口の中で転がす。カラ――……

「……リン」

 椅子から降りてリンの隣に立つ。呼ばれたリンが、どこか鬱陶しげに僕を見上げる。

「…………なぁ、」

 に、と発音するよりも先に腕を引き、薄く開かれた唇を塞いだ。
 身体がテーブルの脚にぶつかってがたんと大きな音が鳴る。その衝撃で形の崩れた星空からいくつかの星がこぼれ落ちるのを、視界の端でとらえた。
 突然の僕の行動にリンの肩がびくりと跳ね上がる。けれど、気にしない。そしてそのまま溶けて半分くらいの大きさになった「アルタイル」を舌に乗せて隙間から押し込むと、直ぐに唇を離した。
 後に残るのは、甘く痺れるような感覚。

「……ほら。これで一緒になれたよ」

 よかったね、と呟いて掴んでいた腕を離すと、茫然と僕を見上げていたリンの顔が見る見るうちに赤く染まる。
 目元は微かに潤んでいて、何かを言いたげに開かれた唇は、言葉を発することも出来ずに、ふるふると小さく震えている。胸の中に湧きあがってくるこの感情を、一体何と呼べばいいのだろう。

 ガタン――――!

 ふいに、リンが席から立ち上がった。真っ赤な顔で僕を睨み、牽制するように一歩下がると、端の方に寄せておいた金平糖の袋に手を伸ばす。
 そしてそのままその中に手を突っ込むと――――節分の豆まきよろしく、大粒の金平糖が僕めがけて飛んできた。

「いで、いてて! ちょっとリン待って、止めて!!」
「レンの馬鹿! スケベ!! ヘンタイ!!」
「わかった、僕が悪かった! ちゃんと謝るから、それ以上ぶつけるのは――いだっ」

 容赦のない攻撃に音を上げて、僕はそそくさとリビングから退散する。ああ、テーブルに残ってる分はともかく、床に散らばった金平糖はもう食べられないかもしれないな。
 その原因を作ったのが自分だという事実は取りあえず棚の上に乗せて、逃げ込んだ自分の部屋で一息吐くと、ベッドの上に仰向けに倒れ込んだ。
 しとしと、しとしと――ぴちゃり。外から聞こえる雨音のリズムが心地よい。室内に籠った空気は今更火照りだした頬を冷ますには生温すぎて、窓を少し開ければよかったと後悔する。
 スプリングを軋ませて寝返りを打つと、目の前にコロロ、と黄緑色の塊が転がり落ちてきた。リンに追い払われる時にぶつかった金平糖が、服の皺の隙間辺りにでも挟まっていたのだろう。
 親指と人差し指で摘まんで、高く持ち上げる。リンがよく「金平糖って星の形みたいだよね」と言っていたのを、僕はそうかなぁ、と疑問に思いながら聞いていたのだけど、よくよく考えてみれば、本当の星はあの角のとがったギザギザな形じゃなく、丸に近い形のはずだ――この金平糖みたいに。
 ぽいっと口の中に頬りこむ。舌先が認識するのは、やっぱりただの砂糖味だ。
 じりじりと焦がすように広がる甘さがもどかしくて、口の中の名もなき星を、奥歯でガリっと噛み砕いた。




――こんなちっぽけな砂糖菓子なんかよりも、彼女の唇の方がずっと甘い、だなんて。
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かがパラお疲れ様でした&お久しぶりの更新です

サンプル

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