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一周年記念企画のお題四つ目です。大人組とのリクエストだったので、カイメイ大学生パロにしてみました!リクエスト本当にありがとうございました~(´∀`*)あとがき・解説等は後ほど別記事にて……



首輪は必要ですか?

 「餌付け」という行為が人間にも適応される、なんて話は身も蓋もない噂程度に認識していたけれど、まさか自分が身をもって体験するだなんて。人生何が起こるかわかったもんじゃない。


***


……えーと、誰よ、こいつ。

 久しぶりに顔を出したサークル室の入り口から右足一歩分だけ中に入り込んだ私は、その中途半端な体制のまま、室内真ん中に設置されたテーブルに突っ伏している死体を眺めていた。
 時間的には一限目の講義が始まってから丁度30分。朝の眠気に集中力の切れ始めが重なって、バタバタと力尽きる学生が増え始める頃だろう。
 学部棟から少し離れたこのサークル棟に、人の気配はまだ少ない。こんな時間からここに居るのは、活動に熱心な学生か、もしくは朝っぱらから暇を持て余しているヤツくらいなものだ。じゃあお前はどっちなんだって言われると、答えに困るのだけど……。あえて言うならその中間かしらね。
 ここ、史跡サークルは、真面目に歴史に興味がある人間と単に暇つぶしが目的の人間が、ほぼ半々くらいの割合で在籍している。授業の合間にここへ集まって自主学習したり、適当にだべって過ごすメンバーは多いけれど、でも一限目から居座るなんてのは結構稀なケースのはずだ。
 ワケあって一カ月ほど活動をお休みさせてもらった分、次の史跡巡りに備えて事前勉強をしておきたくて、それなら人の少ない時間帯の方が集中出来るだろうと一限目からここに来たのだけど……まさかの先客。しかも、見慣れない姿。……だから誰よ、こいつ。

 そっと溜息を吐き出して、音を立てないようにドアを閉める。部屋の鍵を借りられたということは正規メンバーとしての登録があるわけだし、変に警戒する必要もないでしょう。休んでいた間に入部した新入りか、可能性は低いけど幽霊部員ってとこかしら。
 とりあえず向かいの席にカバンを置くと、私は「死体」の観察をすることにした。
 体勢から顔は見えないけれど、髪型や体格から察するに男性であることは間違いない。細身で、筋力はあまりなさそうな感じ。うち資料整理で定期的に重い段ボールを動かしたりするのだけど、大丈夫かなぁ……。
 髪は海か、もしくは夜の空みたいに深い色で、手入れがいいのか元々の髪質なのかはわからないけれど、結構サラサラしている。男のくせに生意気だ。服装はちょっぴりくたびれたシャツをアウター代わりにしていて、そこから推察するに一人暮らし中。センスは……まあ、可もなく不可もなくでしょう。
 それにしても、こんな近くで見られていて全く目を覚まさないとは。まさか、本当に死んでいるんじゃないでしょうね……? 半分冗談、半分くらいは本気でそんな事を考えつつ、腕に埋もれた顔を覗き込もうと彼の背後に回り込むと、男の割に華奢な肩はちゃんと規則的に上下していて、ああ良かった生きてる、危うく死体第一発見者になるところだった、と安堵の息を吐き出した。
 まあ、活動してりゃそのうち顔を合わせる機会も巡ってくるでしょうし、挨拶はその時にでもすればいいか。そう勝手に結論付けると、極力物音を立てない様に気を遣いながら、彼の真後ろにある本棚へと手を伸ばす。すると――――

「…………」

 死体がむくりと起き上がった。
 思考の半分を夢の中に置いてきたような表情で頭を持ち上げた彼は、何かしらの気配を感じたのだろう、ゆっくりとこちらに首を回し、焦点の定まっていない目で私を見上げる。
 ぱちり――ぱちり。
 ゆっくり二回、瞬きをしたところで漸く、他人が部屋に入ってきていることを認識したらしい。「死体」から見事「寝起きの青年」へと変貌を遂げた彼は、面白いくらいに肩をびくっとさせて椅子から跳び上がった。

「えっ? ……あ、えっと、その……!」
「あー、いいわよそのままで。ちょっとここの本読みに来ただけだから」

 お化けでも見たような表情に笑いをかみ殺しつつ、本棚を物色する作業へと戻る。えーと、今度行くのは観音山古墳だっけ。古墳関係の文献はこの辺りのはず――――。
 ほんの少しだけ背を伸ばして、厚みのある写真資料集に指をかける。背中に刺さる戸惑い混じりの視線はあえて無視して、引き抜いた本をキャッチすると、よいしょと抱えて机の上に乗せる。結構重いのよねぇ、この手の写真集。
 そしてそのまま何食わぬ顔で向かいの椅子を引いてパラリとページをめくり始めたところで漸く、おろおろと立ちつくしていた彼の口が再び開かれた。

「えーと……先輩、ですよね?」
「恐らくそうね。あんたは……もしかして新入り?」

 視線で促すと、彼は私の問いに答えながら遠慮がちに席に着く。

「あ、ハイ! 二週間くらい前に入ったばかりです。……えーと、勇馬に誘われて…………」

 ユウマ……ユウマ…………ああ、あの一見真面目そうなのに意外と元気な一年か。日本刀の魅力について熱弁して神威君と意気投合していたのが面白かったからちょっと印象に残ってる。なかなか押しの強そうな子だったし、無理矢理連れて来られて入部させられたクチかな、これは。

「ここの雰囲気には慣れてきた?」
「えーと、少しは……」
「中途半端な時期に入ってくると馴染みにくいだろうけど、ここの連中は皆いい意味で遠慮がないから、心配いらないわよ」
「あ、はい! よくしてもらってます」

 他愛のない会話を続けている内に新入り君も緊張が解けて来たようで、笑顔からも硬さが抜ける。
 まあ友達いるしそれなりに興味もあるんだろうし、ある程度は続くでしょう。なんて割とどうでもいいことを考えながらページをめくる作業へと戻ると、目の前からは若干見捨てられたような気配が漂う。……あー、うん、気持ちはわからなくもないけどさ……。
 写真集用の硬質の紙が立てる音は、一般の書物と比べてやや大きいらしく、会話のない部屋の中ではパサパサとやけに響く。どこかのバンドサークルだろうか、廊下伝いに空気をがしゃがしゃ震わせるドラムの不安定なリズムは、心の中を嫌にかき乱した。
 目の前の彼は、何か話を振るべきか、それとも邪魔をしない様に黙っているべきか悩んでいるらしい。一限の講義が終わるまではあと50分近くも残っているし、同じ空間に居て何も話さないのは気まずいのだろう。その気持ちはわからなくはない。……わからなくはない、けど…………。

「……そういえば、再来週の土曜日に史跡巡りがあるんだけど、あんたも来るの?」

 ああ、だから人がいない時間を狙って来たんだけどなぁ……。ため息交じりに話題を提供してあげると、新入り君は助かった、とでも言いだしそうな顔になって話に食いつく。

「はい! ……あ、でも、何を用意していけばいいのかわからなくて……」
「初めてだったらそんなに構える必要ないわよ。『あー、こんな場所点々と巡るのかぁ』みたいに感じてもらえればそれで十分。……ま、やる気と余裕があったら、どんな場所なのか事前に調べた方が行ってからが楽しいと思うわ。――――ほら、これが観音山古墳」

 探し当てたページを開いたまま本の向きを変え、いくつか並んでいる写真の内の一つを指で示すと、新入りの彼は慌てたように身を乗り出した。……と、同時に。

ぐぅ~ぎゅるるるる……

 二人の人間しかいない室内に響いた、何とも情けない音。
 顔を上げると、音の発生源である彼は、椅子からお尻を浮かせた中途半端な体制のままぴたりと一時停止していた。ああ、これは、もしかして。

「……朝ごはん、食べてないの?」

 9割くらいは当たっているであろう可能性を確認するようにそっと問いかけると、一時停止の解除された新入り君の頬がほのかに赤く染まる。ほう……今時の男子大学生は腹の虫を聞かれて恥ずかしく思うのか。
 中途半端な空気椅子からようやく身体を解放して椅子に腰を下ろすと、彼は照れたように頬をかきながら弁解を始める。

「実は、寝坊して食べ損ねてしまって……」
「寝坊……ってことは、一限あったのね。ここに居るのはサボり? ちょっと感心できないわね」

 開始時刻に間に合わなくて出るのを諦めた、とか? 半睨みで指摘をすると、新入り君は焦ったように両手を振る。

「ち、違いますよ! ちゃんと一限出るつもりだったんです。……でも、今日、臨時休講だったみたいで…………」
「ああ…………ご愁傷様」

 ずるずるとボリュームを落としていく新入り君の声に、私は心の中でそっと手を合わせる。何を隠そう、重い足を引きずって一限目の講義へと赴いた者にとってもっともダメージが大きいのが、必殺・臨時休講なのだ。
 ネットの掲示板等で事前に休講をチェックできるならまだいい。けれど、担当教授の都合で急遽休みになる場合は、実際に教室にたどり着くまでわからないケースがほとんどだ。
 貴重な睡眠時間を削ってまで早起きした努力がすべて無駄になってしまった瞬間の落胆と、直後に湧いてくるやり場のない怒りは、想像に難くない。憐れなこの新入り君は、その餌食となってしまったというわけか。

「それで、仕方がないからここで時間潰してたってわけか」
「そんなところです。生協と学食開くまで待っていようかなと思って……」
「なるほどねぇ……」

 学食は確か11時からのはずだ。2限開始から暫くしないと開かない計算だから、彼からしてみたら随分と気の遠くなるような話よね。
 残念ながらこの大学の周辺に24時間営業のファストフード店は無いし、一番近くのコンビニでも、大学からは結構歩く。……いや、そもそも大学敷地外へ出る気力も残っていないか。
 となると、頼みの綱は生協で売ってる軽食なわけだけど……生協ってサークル棟から遠くなかったっけ?
 そんな風に考えを巡らせている間にも、瀕死寸前の彼のお腹の虫はぎゅるぎゅると悲鳴をあげ続ける。
 彼とはついさっき初めて会ったばかりで、私は資料を読みに来ただけで、そして2限の講義が始まる前にはここを立ち去るわけで――――要するに、あれこれと気を遣ってあげなきゃならない必要性はこれっぽっちもないはずだ。
 ……ないはず、なのだけど。

「……これ、食べる?」

 カバンの中からバンダナに包まれたお弁当箱を取り出して彼の前に掲げると、生気のなかったその眼に一瞬、ぎらりと光が灯った。
 ……別に、ここまでしてあげる必要は無いんじゃないって自分でも思っているわよ? でもこんな姿見せられたら、放っておくのも気が引けるのだ。
 新入り君は暫くの間宙に浮かせた包みをものほしそうな目で眺めていて(ちょっとよだれ垂れそう)、でもすぐにハッと顔を引き締める。

「え、でもこれ……!」
「いいのいいの。友人が近くにオープンしたカフェに行きたいって言ってたの、急に思い出したから。残しておいてもこの気温じゃ傷んじゃうし、寧ろあんたが食べてよ」
「いやでも」
「つべこべ言わずに食え!!」

 いつまでたっても煮え切らない態度に頭の片隅で何かがぷつんと切れて、机に向かって弁当箱を思い切り叩きつけると、新入り君は「ハイッ!」と威勢のいい返事をして背筋をぴんと伸ばす。そしてその後少しだけ戸惑う素振りを見せると(結局迷うのか!)、それじゃあいただきます、と静かに手を合わせてバンダナの結び目をほどいていった。
 桜柄の赤い弁当箱のふたが開かれる。早起きして詰め込んだおかずの中から無難に卵焼きを選んで、それをぽいっと口に運ぶ彼の一挙一動を頬杖付きつつ眺めていると、切れかけの電球みたいだった顔が幸せなことこの上ないとでもいう様にぱぁぁ、と輝いた。オーバーな。



 後から考えてみたら、こんな風に気まぐれの優しさを見せてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。
 「食べ物の恨み」なら聞いたことがあるけど、まさか「食べ物の恩」に振り回されることになるとは流石に想像がつかない。
 無意識とはいえ彼を「餌付け」してしまった私は、それから暫くの間この日の自分の行動を後悔することになるのだけど、がつがつとお弁当を貪っているこの能天気な青年に、そんなことが分かるはずもなかった。

「先輩! このから揚げすごく美味しいです!」

……それ、冷凍食品。


***


「先輩――芽依子先輩! この間はどうもありがとうございました!」
「先輩、これどこに持っていけばいいですか?」
「何か手伝うことがあったら遠慮なく俺に言ってくださいね!」
「今日もお疲れ様です、先輩!!」

あぁ~~ウルサイ。

 へらへらと笑顔を向ける男を目の前にして、私は今日も呆れと疲労の混じった溜息を零す。
 こんなやり取りが半月も続けば流石に慣れてはくるけれど、新入り君のしつこさは真っ白なシャツに染みついたミートソース並みで――つまるところうんざりしている。
 ほっときゃ害はないし、適当にあしらっときゃいい。ていうか現にそうしている。けれど、彼にとってあの時の私の行動は穏やかに手を差し伸べる神か仏にでも映ったらしく、どれだけ突っぱねても一向に引いてくれないのだ。
 野生の動物にはエサを与えるべからず。部室でくたばっている見ず知らずの男にもエサを与えるべからず、だ。どこかの偉い人はこの標語を全国に広めるべきなんじゃないだろうか。

「……あのさぁ。あんたの厚意は嬉しいけど、崇め奉られるようなことをしたつもりはないし、気を遣ってくれなくてもいいのよ?」

 ぶっちゃけ迷惑なんだけど、は流石に可愛そうだから胸の内にしまっておいて。
 最早何度伝えたかもわからないセリフを腰に手を当てつつ吐き出すと、新入り君は「信じられない」とでもいうような表情になって、「何言ってるんですか!? 俺にとって先輩は命の恩人なんですよ! 寧ろこんなんじゃ足りない位です!!」と、これまた何度目かわからないズレた返事を打ち返してきた。キャッチボール、頼むから会話のキャッチボールをしてよ!
 再びため息をつこうとしたところ、部屋の隅からは「お二人さん今日も相変わらずだねー」なんて茶化しが飛んでくるし、何なんだもう。振り向いて睨み付けてやっても効果が全然ないのだから、腹立たしいことこの上ない。
 彼と私の間に何があったのかは、彼が得意げに暴露しやがったせいでサークル内の八割がたに把握されてしまっているし、そのせいか、最初の内は怪訝そうに眺めていたヤツらも今では微笑ましげな視線を向けてくる始末だ。……ちくしょう少しは助けろ。

 彼を他のものに例えるなら間違いなく「犬」だ。
 初対面では不安げに様子を窺っているくせに、慣れてしまえばどこまででも尻尾振ってついてくる、そんな大型犬。いなかったっけ、雰囲気すっごく似てるヤツ。
 レトリーバー……いや、そんな聡明そうじゃないし、シベリアンハスキーってガラでもないわよね。ほら、なんかこうもっとおっとりとした、アホっぽい顔の――――

「…………あ」

 そうだ思い出した! サモエドだ、サモエド犬。目がくりっとしていてちょっと頼りない感じの白い毛玉犬。丁度良い、自己紹介の時に聞いた名前忘れちゃったし、今日から彼の事はサモエド君でいこう。今決めた。
 よし、と一人で勝手に納得して前に向き直ると、かのサモエド君は自分のカバンを抱きかかえ、ニコニコと気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべながらスタンバイしていた。

「次の時間先輩も講義ですよね! 学部棟まで一緒に行っていいですか!?」

 両前足をそろえて、背筋はピシッと。薄く開いた口から赤い舌をのぞかせて「ご主人」の支持をただ忠実に待つサモエド犬の姿が見えた――――様な気がした。

「…………いいんじゃないの?」

 もういい。もうどうとでもなれ。



***


「メイもすっかり海人君に好かれちゃったわねぇ」

 甘く香るピーチティーをストローでずずっと吸い上げながら、サークル同期であり親友でもある瑠香が意味ありげに視線を向ける。
 好奇心の浮かぶ目はキリリと整っていて、ああ、こういうのを目元美人っていうんだろうなぁでも性格は全然美人じゃないんだよなぁなんて割とどうでもいいことを考えつつ、私も自分のアイスコーヒーを啜った。
 桃に混ざって微かに香るのは――――薔薇か。主張しすぎず、でも人を引き付けるのには十分な魅力を備えていて、実際後ろの席に座っている男は鼻の下が一センチくらい伸びているように見えた。
 パンツスタイルが多い私とは対照的に、彼女が好むのはフェミニンなワンピース。ウェーブのかかった長い髪も可愛らしく、黙って微笑んでいれば、花咲き乱れる庭園に舞い降りた妖精にでも見えただろう。残念ながらそれは幻想でしかない。

 程よい空調とお洒落なBGMの心地よさに、カフェインを摂取しているにもかかわらずうとうとと睡魔が襲ってくる。先月オープンしたばかりのこのカフェはうちの大学の学生にも人気で、周囲を見渡せば私たち同様講義の合間、もしくは後に立ち寄っているであろう若い男女の姿が見て取れた。かくいう私たちにとっても、二人で足を運んで以来(例の餌付け事件の後だ)ちょくちょく通うよう程度にはお気に入りの場所となっていた。
 ずずず、と若干味の薄くなった黒い液体を飲み込んだところでふと、先ほど彼女の口から聞きなれない単語を聞いたような気がして、私は首をかしげる。

「かいと……? 誰よそれ」
「……メイって本当に人の名前覚えるの苦手よね」

 私の口から出てきた言葉に、ルカは心底呆れた様な表情になる。うるさいなぁ、苦手なものは苦手なんだ。
 はぁ、と溜息を吐くと彼女は空になったグラスからストローを抜き取り、その先を私の方に向けてツンツンとさすように振った。

「ほら、いつもあんたにくっついてる一年よ。どんなにぞんざいに扱われたって一向にめげないツワモノ」
「一年――――――ああ、なんだサモエド君か」

 自分に話しかけてくる一年で真っ先に浮かんだのが彼の顔だったことに若干頭を抱えつつ、ああそういえばそんな名前だったっけ、と一人で納得していると、ルカはぷぷ、と吹き出して「ちょ、サモエドって何よサモエドって」とすかさずツッコミを入れてきた。
 そんな彼女にサモエドという犬種についてと如何に彼がそいつに似ているかを事細かに説明してやると、ルカはひとしきり笑った後、「なるほどー、確かに似てるかもしれないわね」と涙を拭きながら呟いた。ほらみろ、やっぱりサモエド君だ。

「――で。そのサモエド君さ、絶対あんたに気があると思うんだけど」

 彼女の切り替えの早さや「サモエド君」が早速あだ名として使われている点はともかく。不敵な笑みを浮かべつつぐぐっと身を乗り出してきたルカに、私は思わず眉間にしわを寄せた。

「またその話? ない、絶対にないわよ」
「何でそう言い切れるのよ」
「寧ろあんたは何でそう考えてるのよ」
「えぇ~? だってあんなにも一途なんだもん。メイの気を引きたいに決まってるじゃない」
「……餌付けしたら懐かれただけだって」
「もう、ここでも犬扱い? ……でも結構良いと思うわよ、彼。背は高いし、何でも言うこと聞いてくれそうだし、それによく見るとなかなかのイケメン」
「…………サモエド犬なのに?」
「いい加減犬から離れんかい!」

 関西人のツッコミよろしく平手をバシッと振ったついでに、ルカは「メイはもっと乙女になるべきだと思うなぁ、折角いい物件が寄って来てるんだからつまみ食いくらいしときなさいよ」なんて失礼極まりない事を言いだす始末だ。
 うるさいこのメンクイめ、神威君に言いつけてやるぞ! と彼女の恋人の名を出して脅してみると、「私たちはラブラブだからそんな些細なこと気にしないんですー」と来た。埋めるぞコラ。

 結局その後は、被っている講義のレポートがどうとか、サークルで次に行くのはどこの寺院だとか他愛のない話をして別れた。
 地面に伸びた自分の影を眺めながら、駅までの道を一人歩く。ルカにあんな風に絡まれるのは一度や二度ではなく、その度に考えすぎじゃないの、と軽くあしらって来たのだけど、どうやら今回も、おいしいネタを見つけたとばかりに首を突っ込む気満々のようだ。……冗談じゃない。
 本人が楽しんでいるだけなら百歩譲って許してもいい。けれど、それをサークル内の他の奴らにまで伝播させようものなら――そして、何かの間違いで本人をその気にでもさせてしまったら、いったいどうしてくれるというんだ。私は見世物か。本気で埋めるぞ。
 ここにはいない友人への罵倒を脳内で思う存分吐き出していると、向かい側からバタバタと駆けるような音が聞こえてきた。誰かジョギングでもしているのだろうか。
 邪魔になったら悪いから、と視線を上げると同時に、一人と一匹がすぐ横を通り過ぎていった。反射的に振り向く。飼い主であろうおじいさんは半分くらい引き摺られていて、その前を先導しているのは――――白くて大きな阿保ヅラ犬だ。
 ……またお前か。


***


「―――…よい、しょっと」

 無意識に口に出してしまったおばあちゃんみたいな掛け声を他の誰かに聞かれてやしないかとはたと動きを止めたけど、BGMの様に流れていた笑い声は途切れることもなく、ほっと息を吐き出して重大なミッションの続きへと戻る。
 指先が厚みのある背表紙を摘まもうとして――――つるんと滑った。舌打ちしそうになるのを何とか抑えてもう一度挑戦してみたけれど、滑らかな表紙カバーは「外になんか出るものか!」といわんばかりにつるつると抵抗してくる。いい加減指先が痺れてきた。

 サークル室に置かれたこの本棚は、一つだけ不便な点がある。縦に長すぎるのだ。
 一番上の段は土台がないと男性部員でも厳しくて、それ故に普段あまり使わない文献やらが保管されている感じなのだけど、比較的よくつかう資料も、上の方に仕舞われているものは女子にはちょっとキツイ。私は比較的身長がある方だとは思うけど、それでも背伸びしてギリギリ背表紙の下に指を引っ掛けられるくらいだ。
 どうしても使いたい本がある。運悪く届くギリギリの段の真ん中あたりに押し込まれている。そして今部屋にいるのは、女子メンバー数人と、男子はサモエド君のみだ。……頼れそうなのがいない。
 落胆を押し殺しつつ、仕方がない自分でやるしかないかと「敵」を見上げる。なんで椅子を使わないかって? それはそこで楽しそうに談笑している奴らに言ってやってちょうだい。
 重心を前に預けてつま先立ちになり、精一杯腕を伸ばす。本と本の隙間に指先をぐっとねじ込み、そのまま力を入れて引き抜こうとして――――また、耐え切れずにつるんと滑る。誰だ、こんな上段をぎゅうぎゅう詰めにした奴は! これじゃ本が取り出せないじゃないの!!
 しぶとすぎる「敵」にギリリと歯ぎしりをしつつ、負けるものかと背を伸ばす。幸い、これまでの努力は決して無駄ではなく、ちょっとずつだけど目当ての本は引き出されているんだ。

「んっ…………」

 首はもう限界だから、最後の力を振り絞って腕だけを伸ばす。……あと、少し。
 と、その時。

「――――これですか?」

 能天気そうな声と共に、背後から気配がぬっと被さった。
 突然のことに私はカチリと固まる。気配同様ぬっと伸びてきた腕に囲われるような形になってしまい、反射的に本棚の方へと退いた。
 緊張感とも恐怖心ともつかないこの感覚は――――そうか。子供のころ、従兄が飼っていたゴールデンに背後からのしかかられた事があるのだけど……それにすごくデジャブなんだ。
 向こうはじゃれついているだけなんだけど、図体がでかいせいで襲われそうな気持ちになる、そんな感じ。後ろの物体はそんな私の心情に気付いた様子は全くなくて、散々手間をかけさせられたあの本の頭に指を引っ掛けると、あ、と声を漏らす間もなくするりと抜き取った。なんてあっけない……私の努力を返せ。
 わなわなと口を震わせながら言うべき言葉を探していると、サモエド君は私の手の上に例の本を乗せて、ちょっぴり怒ったように眉を吊り上げた。

「困ったときは頼ってくださいって言ってるじゃないですか! 本が落ちてきたらどうするんです、危ないですよ!!」
「え、えっと……ごめんなさ、い……?」
「わかっていただけたのならいいです。次は一人で無理しないで、ちゃんと俺に言ってくださいよ」

 サモエド君はそう言って満足げに笑うと、さっさと私の前から離れて、何事もなかったかのように自分の作業の続きへと戻る。……何なんだ、今のは。
 むくむくと膨れ上がる戸惑いに呆然と立ち尽くしていると、いつの間に部屋に入って来たのか――――いや、いつから観察していたのか、ルカは私の隣に並ぶと気持ちからかうような視線をよこした。

「……メイ、顔赤い」
「……うっさい」

 拗ねたような口調になってしまうのも、今更騒ぎ出した心臓を押さえることが出来ないのも、私が悪いんじゃない。
 一体何に納得したのか、ルカはうんうんと頷きながら「ちゃんと繋いで手懐けてやらないとねぇ」なんてわけのわからない事を言いやがるし、さっきから顔が熱くて敵わないし……取りあえず、すべての責任はあの犬男にあるということでこの話は終わりにしよう。
 いつか見た散歩中の犬に引きずられるおじいさんに自分の姿が重なったような気がして、慌ててそれを掻き消した。



◇◆◇
天然タラシなわんこ系兄さんと、サバサバしているようで実は乙女なめーちゃん、可愛いと思いませんか!!
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それにしてもタイトルがひどい

鏡音act2誕!

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