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田舎で過ごす鏡音さんの夏のお話を、連載形式で更新していきたいと思います。出来るだけ短い間隔でアップできたらいいのですが予定は未定。ゆるゆるお付き合いいただけたら幸いです。よろしくお願いします。
。。。
 
 トンネルを抜けるとそこは雪国だった、という一節を耳にしたことはあるけれど、たった今通り抜けたこのトンネルの先にあったのは、先ほどと全く変わらない、うっそうと生い茂る草木ばかりだった。
 ここ数年の間にすっかり見慣れてしまった無機質なビルの群れは跡形も見えない。列車はガタンゴトンとレールを軋ませ、外の風景と同じ様に、のんびりと目的地を目指す。

 開け放った窓から吹き込む土と緑のにおいを存分に含んだ風を、リンは深く吸い込んだ。
 都会にも自然はあることはある。「緑化運動」と称して街頭には草花が植えられ、休日にもなれば、ハイキングやバーベキューを目的として、家族や仲の良い友人同士で都立公園を訪れるのもそう珍しくはない。
 けれど、幼少期を緑に囲まれた土地で過ごしていたリンにとって、そんな申し訳程度の自然には何の感慨もわかなかった。
 木々の根元で揺れる、名も知らない紫の花。列車の音に混ざる蝉の合唱。空から差し込む太陽の光は、数時間前に降った雨の名残に反射して、時折眩しい位に目を刺した。
 数えるほどしか人のいない車内で特にすることもなくぼんやりと外を眺めていると、突然視界が開けた。
 一際高い音を響かせて、列車は鉄橋を渡る。その下を流れる細く長い川を見て、リンの胸の内に広がる懐かしさは一層と膨れ上がった。
 川原に広がる白い石、跳ねる水しぶき――――子供のころ、幾度となく遊んだ思い出の場所だ。最後にあそこを訪れたのは、何時だっただろうか。
 再び木々に囲まれた道を走ること十数分。列車は緩やかに速度を落として、閑散としたホームへと停車した。
 キャリーケースをガラガラと引きずり列車を降りると、途端、強い日差しがリンを刺す。田舎のど真ん中にあるこの駅のホームに屋根などというものはなく、リンは逃げる様に改札のある階段へと向かった。
 駅員に切符を手渡して改札を抜けると、抱えていた麦わら帽子を頭に乗せて、駅前のバス停へと向かう。予想はしていたが、バスの発着時間を示す数字は数時間おきに1~2本と少ない。
 幸いなことに次のバスまではそう時間がかからないらしく、再び駅へと戻って日陰で休憩していると、程なくして長方形の車両が姿を見せた。
 乗車すると、リン以外の客は二人だけだ。荷物を椅子に寄せ座席に座ると、それを見計らったかのようにぷしゅうとドアが閉まり、不安定に車体を揺らしながらバスが発車した。
 窓から見える景色は、背の高い木々から田んぼや畑へと姿を変える。青々とした稲が風に揺れ、たわわに実った茄子やトマトの色彩が緑によく映えていた。
 駅から三つめの停留所でリンはバスを降りた。ここからは徒歩で移動だ。
 キャリーケースを引きずりながらゆっくりと歩くリンの横を、時折車が追い越していく。生暖かい風は麦わら帽子のつばを揺らし、汗でしっとりと張り付いたリンの髪を梳いていった。
 坂道を下っていくと、すぐ右に見えたのは小学校だ。リンの母校。思い出の場所。
 夏休み中だから当然生徒の姿は見られない。駅のホームの様に閑散とした校舎を見渡して、懐かしむように溜息を洩らした。ここで毎日のように遊んでいた友人たちは、今も元気なのだろうか。

 畑と民家の密集した細い道を通り、リンは漸く目的地へと到着した。ドアベルは無いので、ガラガラと戸を開ける。

「こんにちは、おばあちゃん。遊びに来たよ」

 中に向けて声を上げると、返事と共に奥から笑顔の老人が迎え出てきた。

「いらっしゃい鈴ちゃん。……あらまあ、随分と大きくなって。遠かったから疲れたでしょう?」
「ううん。殆ど座っていただけだから、大丈夫だよ」
「そう。お部屋の準備は出来ているから、ゆっくりして行ってね」
「うん、ありがとう」

 リンの返事に祖母はにこりと笑うと、再び奥の方へと戻っていく。台所で何か支度でもしていたのだろう。以前よりもいくらか髪の白くなった後ろ姿を見送りながら、リンは靴を脱いだ。
 居間へと上がり込むと、ほんの少しだけ埃っぽい畳の香りが鼻をくすぐった。リンが今住んでいる家は三人家族向けのアパートで、畳の部屋は無い。昔はこのにおいが当たり前だったのに、今では懐かしく思えてしまうだなんて。
 少しだけ寂しく思いながら「自分の部屋」へと荷物を置くと、居間へと戻り、仏壇の前へと腰を下ろした。並んで笑いかける二枚の写真は、リンの祖父と、母のものだ。
 線香の先に火をともし、黒いお椀状の鐘(自分の名と一緒で「鈴」と呼ぶらしい)を二回鳴らす。リンがこの地を離れてから四年半ほどが経つ。――母が亡くなってからも、同じくらいの年月が経っていた。
 合わせていた手を離すと、リンは縁側の手前で腰を下ろした。照りつける太陽は簾によって遮られ、程よい日影が出来ている。庭には大輪のひまわりが咲いていて、風に合わせて首を揺らしていた。
 ごろんと畳に寝転がると、ひんやり、柔らかい感触が身体を受け止める。この感覚も久しぶりだ。
 襖という襖が開け放たれている為か家の中は風通しがよく、縁側につるされた風鈴をちりりんと鳴らす。遠くで鳴いている蝉の声、部屋の奥から聞こえる物音――――空に浮かぶ雲の様にゆっくりと流れる時間の心地よさに、リンは目を閉じた。
 そのまま、囁きかけるように誘ってくるまどろみへと身をゆだねようとすると、じゃり、と土を踏む音が聞こえた。足音は次第に近づいてきて、リンの頭のすぐそばで止まる。

「――――リン?」

 聞きなれない声に自分の名を呼ばれ、リンはがばりと身を起こした。
 逆光で顔は良く見えないが、庭に立っていたのは背の高い少年だった。ほんのりと日に焼けた肌に、蜜色の髪。戸惑いがちに揺れる瞳は、リンの突然の行動に驚いたのか、少しだけ見開かれている。
 頭の奥で何かがジリリと疼く。癖の強い前髪に、大きな青い瞳。記憶の中の少年は、自分よりも小さな背で、ちょっぴり気が弱くて。
 けれど。

「……レン?」

 確かに感じ取った面影に口からは自然と彼の名が滑り出て、それを聞いた少年の顔から、ほっとした様に緊張が抜けた。
 離れていた時間は簡単には埋められなくて、甘いような、切ない様な感覚が胸を締め付ける。何を言ったらいいのかわからずリンが戸惑っていると、少年――錬は、はにかむ様に笑って一歩前へと進み出た。
 ……そうだ。昔と比べて背が伸びて随分とおとなっぽくなったけれど、この優しげな雰囲気は、一つも変わっていない。

「お帰り、リン」
「……ただいま」

 長くて短い、夏の始まり。






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硝子瓶の中の泡沫 2

それにしてもタイトルがひどい

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