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ひとまず更新。気になるところがあったら適宜修正していきます。


。。。

 数年ぶりに再会した幼馴染は、自分が想像していた以上に大人っぽくなっていた。
 縁側に並んで腰を下ろしたリンは、隣に座るレンをそっと盗み見る。女の子の様に可愛らしかった顔は、もうすっかり「男の人」だ。切れ長の目に、すらりと伸びた鼻筋。体育会系には見えないけれど、体つきも随分とがっしりしているように思えた。
 髪はあの頃と同じ様に一つにまとめているけれど、その位置は以前よりも少し下。たったそれだけの事なのに、随分と落ち着いているように見えるのだから不思議だ。
 記憶の遥か彼方へと置いてきてしまった姿と照らし合わせながらそんな事を考えていると、珍しい物でも観察するように注がれる視線に、流石のレンも顔をこちらに向けた。

「……何?」
「あ……えっと、随分大きくなったなぁって。最初誰だかわからなかった」

 誤魔化すように返した言葉は不自然に裏返る。変声期を経たレンの声は昔と比べ物にならない位低く落ち着いていて、リンの心臓をざわつかせた。
 レンの方は成長したことを褒められたとでも思ったらしく、にっと歯を見せて笑う。

「かっこよくなったでしょ」
「えー、それ自分で言う?」
「見惚れてたのかと思ったから」
「……ばっかじゃないの?」
「あはは、冗談だよ。……で、どう?」
「知りません!」

 気恥ずかしさにぷいっとそっぽを向くと、レンは「酷いなぁ」とぼやきながら苦笑する。その気配を頭の後ろで感じながら、リンは気付かれない様にそっと溜息をついた。
 普通――「普通」に会話をしているつもりだけど、ぎこちなさはじわじわと滲み出て来て止まらない。
 離れていたのはたった数年なのに、見た目や返ってくる声の高さががらりと変わってしまっただけで、別人を相手にしているような気分だ。……まるで噛み合わない歯車か、うまく嵌められないパズルのピースみたい。
 久しぶりにレンと会えて嬉しいはずなのに、胸の中には痛みと焦りばかりが広がっていく。会話が途切れてしまうと、周囲に立ち込めていた空気は水を吸った衣服みたいに重くなり、そこから逃れる様に、リンは必死に言葉を探す。

「よく、ここに居るってわかったね。着いたって連絡、何もしていなかったのに……」

 レンだけでなく、自分だってもう小学生ではない。変ってしまった姿を見てどんな風に思われるのか少しだけ不安で、明日の約束までは誰とも連絡を取らないつもりだった。
 なのに、なんで当たり前の様に、わたしに会いに来たの。
 その問いを音にすることは出来ず、静かに俯く。レンはそんなリンの様子を黙って見下ろし、やがて空に浮かぶ雲みたいにふわりと笑った。

「そろそろかなって思って。別に明日でも良かったんだけど、早く会いたかったし」
「だ……だからって、人ん家の庭に勝手に入り込む? 普通玄関からでしょ」
「ちゃんと許可は貰ったよ。てか、リンが居間にいるって教えてくれたの、リンのおばあさんだし。そんで、来てみたら知らない美人さんがいてびっくりした」
「な、……っ!!」

 思いもしなかった言葉にリンは勢いよく顔を上げた。さっきといい、この幼馴染は、こんなむず痒くなるような言葉を平気な顔して吐けるような人間だっただろうか。
 ぱくぱくと魚みたいに口を開けるリンを眺めて、レンはふざけるように肩を竦めた。

「まさか『これ』がリンじゃないよなって。正直声かけた時自信無かった」
「――~~っ、レンって本当にかわいくなくなったよね! 信じらんない!!」
「いてて、だから冗談だって…………」

 からかわれている……! その事に気が付いた途端、胸の中に巣食っていた戸惑いは、気恥ずかしさとほんの少しの怒りに一瞬で塗りつぶされてしまった。
 わかっている。レンは、リンの緊張を解こうとしてくれているのだ。彼がこの手の冗談を言うのが得意ではないことくらいよく知っている。勿論、リンの知らない間にいけ好かないキザ男に変貌していた可能性もゼロではないけれど……気のせいじゃなかったら、レンの表情も、少しだけ緊張している?


 庭に照りつける太陽は、相変わらずギラギラと強い。
 部屋の奥で首を動かす扇風機も、透き通った音を響かせる風鈴も、この暑さには太刀打ちできなくて、二人の素肌にはしっとりと汗が浮かんでいた。
 暑さと緊張で二人とも喉はカラカラで、リンは思い出したように立ち上がり、冷蔵庫から麦茶のボトルと氷入りのグラスを持ってくる。
 まるで長い運動の後に身体が酸素を求めるみたいに、息も継がずに麦茶を飲み干す。ぷはぁ、と同時に息を吐き出して顔を見合わせれば、自然と笑いが零れ出て、鬱陶しい位に重くのしかかっていたぎこちなさは殆ど気にならなくなっていた。

「みんなは元気?」

 空になったコップを横に置いてリンが問うと、レンは待ってましたとばかりににやりと笑う。

「相変わらず。久弥矢はアホだし、音彦は行きたい大学があるからって、離れた高校で寮生活」
「え、ピコ君居ないの?」
「ああ、今は休みで帰ってきてるよ。昨日会ったけど、真面目度と堅物度に磨きがかかっていた」
「ピコ君しっかりものだったもんね。ミヤ君も元気そうでよかった」
「美樹と友里もリンに会いたがってた。二人も昔とそう変わっていないよ」
「……そっか」

 次々と告げられる旧友たちの様子に、リンの心は懐かしさで満たされる。
 本当は自分の事など忘れられてしまったのではないかと不安だった。けれど、レンの口ぶりを見るところ、どうやら杞憂に終わったらしい。新しい学校にも友達はいるが、リンにとって一番の友達は、やはり幼少期を共に過ごしたこの五人なのだ。

「そっちはどう? 元気にやっていた?」
「……うん、まあまあかな」

 まあまあ。濁す様な返答に、レンの顔が微かに訝しむ。

「……何か、困ったことでもあった?」
「そういうんじゃないけど……半年前にね、お父さんが再婚したの」

 スッと息を吸って、一泊置く。たった一言の報告なのに、その言葉を口から吐き出すのに、気の遠くなる程の時間がかかった様な気がした。
 流石に予想外だったのか、レンの顔が不自然に引き攣る。

「…………え、と、そ」「別にねっ、嫌とかじゃないんだよ! 新しいお母さんすごくいい人だし、優しいし。……でも、やっぱりちょっと、慣れないっていうか…………」

 戸惑う様なレンの言葉を慌てて遮り、言い訳をするように言葉を重ねるが、抑えきれなかった本音に声がしぼむ。
 叱られるのを恐れる子供の気分で、背後をちらりと見やる。写真の中の母は、昔と変わらず穏やかに微笑みかけるばかりだ。


 リンが母を亡くしたのは、小学校六年生になって少ししてからだ。もともと体の弱かった母は、リンが四年生になった頃から入退院を繰り返すようになり、雨雲が空を覆い尽くす季節、静かに眠った。
 リンたちが住んでいたのは母方の実家で、父もいつまでもここで厄介になるわけにはいかないと考えたのだろう。リンの卒業を待って、転勤先である東京へと二人で引っ越すことを提案したのだった。
 当然、リンは反対した。祖母やこの家が大好きだったし、何より友人たちと離れるなんて考えたくもなかったのだ。けれど、幼い子供のワガママなど、大人の事情の前では取るに足らないものと見なされてしまうらしい。咲き始めの桜と友人達に見送られ、リンは泣く泣くこの地をあとにした。それが、四年と半年前のことだ。
 父は母の事を大切にしていたし、ひょっとしたら、自分以上に母の死を悲しんでいたかもしれない。母の故郷を離れたのも、その悲しみから逃げたかったのではないかと思える程に。
 だから――だからこそ、父の口から他の女性を紹介されるだなんて、リンには信じられなかったのだ。
 最初に浮かんだ感情が何だったのかは覚えていない。ただ、慣れない環境で必死になっていたリンを支えてくれた友人が居た様に、父を支えたのがこの人なんだということは、ぼんやりと理解できた。
 女性と顔を合わせる機会が増えるにつれて、リンの胸の内には諦めに近い覚悟が生まれる。そして年が変わる直前、「再婚しようと思っている」という言葉を、父の口から聞いた。
 反対することは出来なかった。リンはもう、父の想いをくみ取れないほど子供ではない。けれど、全てを納得して受け入れることが出来る程、大人でもなかった。

「ほんとはね、ずっと向こうの家に居るのがちょっと苦痛で、半分くらいは逃げてきた様なものなの。おばあちゃんやレンたちに会えたら、すこしは楽になるのかなって……」

 ほんの少しでもいい、気分転換がしたかった。母の故郷を訪れて昔の友達と過ごしていれば、もやもやと晴れないこの気持ちからも解放されるのではないかと期待して――――。
 無意識に強く握っていた両手にはじわりと汗が滲んでいた。結局、みんなと会いたかったのは、昔を懐かしむためなんかじゃないのだ。
 話せば話す程自分の汚い部分を露呈させるようで、リンは唇を噛む。レンはそんなリンの事をただじっと眺めていて、やがて静かに息を吸った。

「……いつまでこっちに居られるの?」
「二週間くらい……かな」
「そっか。それじゃあ、その間みんなでいっぱい遊ぼうか――――昔みたいにさ」
「……うん」

 頷いたリンに、レンは柔らかく笑いかける。慰めるでも呆れるでもなく、ただ「一緒に過ごそう」と言ってもらえたことが、リンには嬉しかった。
 部屋の奥から漂って来た線香の香りが鼻を掠める。写真の中で笑う母と、見送るときに少しだけ悲しげな顔をした新しい「母」の顔が重なり、胸の奥がずきりと痛んだ。





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