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若干迷走気味ですが取り敢えず上げておきます。ちょっと長め。
大人数で騒がしくしているお話が好きなのですが、一度に沢山のキャラクターを動かすのはやはり難しいですね……。


。。。

「よっしゃあっ! オレいっちばーん」
「くっそぉー負けたぁっ」

 六年一組の教室に真っ先に滑り込んだのは、結局先発の二人だった。彼らの後に続いて入り口をくぐったリンたちは、箱型の空間に広がる懐かしい光景に、思わず息をのむ。
 縦横六列に並んだ机は、リンが高校で使っているものと比べて随分と小さい。白くくすんだ黒板の端には、黄色いチョークで『一か月後に会おう!』と洒落たメッセージが残されていた。夏休みに入る前に、このクラスの誰かが落書きをしていったのだろう。
 窓から差し込む日差しは、端の一列をじりじりと焼いている。今みたいな季節はカーテンを引いても熱を食い止めきれず、逆に冬はぽかぽかと暖かくて眠気を誘うせいか、このあたり一帯は密かに「ハズレ席」と名づけられていた。ミヤは授業中よく居眠りをしていて、先生に怒られるたび「席が悪いんだ」と反論していたのだっけ。

「……懐かしいね」

 傍にあった机の表面をなぞりながら、ほうっとため息交じりにリンが呟くと、時が経つのを忘れたかのように立ち止まっていた友人たちも、思い思いに教室内を動く。

「あ、あたし確かこの辺の席だった!」
「やっぱ机も椅子も小さいね。よくこんなもん座ってたなぁ」
「ユリはでっかくなりすぎなんだって」
「……そうか?」
「おい見ろよ、コイツ引き出し置いていってるぜ! 宿題とか入れっぱじゃないかなぁ~」
「それはお前だろ、ミヤ」
「うえぇ、何でそんなこと覚えているんだよ!」
「誰・が、お前の宿題を手伝ってやったと思ってるんだ?」
「オトヒコ様あなたです」

 ははあ、と大袈裟に前屈みになるミヤの姿に、ミキとユリが声をあげて笑う。そう、あの時は大騒ぎで、ピコのみならずリンやレンも巻き込まれてしまったのだ。
 ピコとレンは終始不満そうにしていたけれど、あの頃のリンは母を思い出して沈んでしまう日も多く、賑やかな友人たちの様子には随分と救われていた。そんな事、彼らは気付いていないだろう。
 太陽の光をたっぷり浴びた芝生みたいに、あたたかい記憶が胸をくすぐる。気を緩めたら涙がこぼれてしまいそうで、誤魔化すように、笑い声に続いた。

 木と、埃と、太陽の匂いが混じり合う教室は、自然と気持ちを高ぶらせる。昔と変わらない位置にある時間割表、あの頃よりも数が増えた画びょうの穴、ロッカーの上に並んでいる学級文庫――――それらにゆっくりと視線を這わせていると、ミキがにやにやと笑いながら「リン、ちょっとこっち」と手招きをした。
 首をかしげながら指定された席に座ると、突然、リンの目の前に拳が差し出される。

「さーて! 四年ぶりに戻って来たリンさんに、赤裸々質問コーナーと行ってみましょぉぉ!」
「えっ……ええ!?」

 頭の片隅ではああなるほど、これはインタビュアーがマイクを向けるポーズなのか、と冷静な分析をしつつも、予想外の展開にリンは言葉を継ぐことが出来ない。そうしている間にも散らばっていた友人たちは一斉にリンを囲み、リンはあっという間に注目の的となってしまった。
 例えば、休み時間。誰かの机の周りに集まって他愛のないおしゃべりをするのは、学校での楽しみの一つだった。
 リンが加わる輪は大抵ミキやミヤが中心で、授業が終わると他のクラスメイトと共に彼らの机に駆け寄る、なんてことは飽きるほど行っていたし、今のこの状況だって、あの頃を思い出してほんの少しだけ胸が躍ったのも確かだ。だけど……
 前後左右から注がれる十の瞳に、リンの顔には一気に血が上る。もともと目立つことが得意ではないのに、「インタビュー」という名目で根掘り葉掘り自分の事を喋らされるなんて、出来ればご遠慮願いたいところだ。

「……どうしてもやるの?」
「とーぜん! その為にみんな集まったんだよ」
「うっ……」

 どうにか回避できないかとミキを窺ってみるが、彼女には――いや、ここにいる全員に、そんなつもりは毛頭ないらしい。頼みの綱とばかりにレンに視線を送るも、レンは困ったような笑みを返すばかりで、リンを助けてくれる気配は感じられない。
 裏切り者! 心の中でこっそり罵倒しつつ、出口のない壁際へと追い込まれた気分でもごもごと口ごもっていると、とどめを刺すようにピコが口をはさんだ。

「俺は中学まで、こいつらは高校もずっと一緒だから。俺たちと離れている間、鏡音さんが向こうでどんな風に過ごしてきたのか、色々と気になってるんだよ」

 因みに去年は俺もやられた。そう言って苦笑するピコの目にも、みんなと同じように好奇心が浮かんでいる。自分が散々な目にあった分、ここぞとばかりに質問側に回るつもりのようだ。
 まさに孤立無援。味方を得られず嘆いているミヤの気持ちも、今ならわかるような気がする。

「…………もう、しょうがないなぁ。答えられるものだけだよ?」

 諦めと共にリンがため息を吐くと、ミキは「そうこなくっちゃ!」と指を鳴らす。リンだって、自分が離れていた間ミキたちがどんな学校生活を送って来たのか気になるのだが……。
 リンが質問側に回れるのは、まだまだ先の話らしい。




「――向こうの学校ってどんな感じなんだ?」

 最初に質問の口火を切ったのはユリだ。リンはうーん、と思案しながら、ビルに囲まれた白い校舎を思い浮かべる。

「建物は広くて綺麗かな。一学年八クラスで、顔と名前が分からない人が沢山いる。施設は結構充実していて、学習室とか学食も揃ってるよ」
「へぇ……さっすが都会。田舎の高校とはスケールが違うね」
「いいなぁ学食! うちの高校なんて昼時に購買が開く程度だぜ? カレーとかカツ丼食いてぇ!!」
「チャイムと同時に購買に駆け込む奴が何言ってんだよ」
「購買人気ナンバーワンのカレー焼きそばパンは最初の五分が肝心なんだぞ。もたもたしてたら売り切れちまう!」

 ぎゃあぎゃあとじゃれ合いだしたユリとミヤを眺めてふふ、と笑いつつも、リンの顔には微かに影が差す。

「……でも、なんか皆せかせかしてるかな……。進学校だからっていうのもあるかもしれないけど、周りの子たち、最近はよく受験の話もしてるし」
「うわーマジかよ、オレたちまだ高二だぜ!?」
「本気で上の大学を目指している人は、もうとっくに準備を始めているよ。寧ろ遅い位だ」

 補足するように言葉をつづけたピコに、リンも頷く。

「そういうエリート専用のクラスまであるもん。そうじゃないクラスでも、予備校通い始めたって子はいるみたい」
「うへー、信じらんねぇ。夏休みなんて遊ぶためにあるもんじゃん?」
「お前は気楽でいいなぁ……」

 呆れた様なピコの声を聞きながら、リンは眉を下げる。ミヤのいう事はわからなくもない。けれど、それに全面的に賛成することも、ピコの様にすっぱり否定してしまうことも、今のリンには出来なかった。
 
 父に勧められるままに進学を重視する今の学校に入ったが、リン自身、将来どうしたいかは何も定まっていない。
 進路の話は気が重かった。ふわふわとした雲か霧の中を歩いている様で、手を伸ばしても何もつかめない。それでも何かしなければと、学校が休みに入ってからはずっと夏期講習に通い詰めていたが、それも結局は、家で過ごす時間を少しでも減らす為でしかなかった。
 他の皆にも思うところがあるらしく、一回り重くなってしまった空気に誰もが言葉に詰まる。……結局、みんな一緒なのだ。子供でも大人でもない今の状態から「大人」になる事を求められて、不安をたくさん抱えたまま、出口の見えない通路を彷徨っている。
 ピコは正面から不安と向き合う覚悟を決めたのだろう。呑気な事を言っていても、ミヤだってどこかに不安があるはずだ。ただ、そこから目を背けようとしているだけで。
 ここにいた頃は、大人はなんだって出来るのだと思っていた。「大人はえらい」「早く大人になりたい」――――そんな風に無邪気に憧れていたけれど、実際その岐路に立つと、難しいことは何も考えずに済む子供のままでいたいと、どうしても願ってしまうのだ。

 もったりと暑い空気は沈黙を一層深くする。遠くから聞こえるセミの声は「早く決断しろ」と急かしているみたいで、焦りばかりが広がっていく。
 そんな気まずい雰囲気を振り払おうとしたのだろう、ほんの少し裏返ったミキの声が、やけに大きく耳に響いた。

「……リン! そっち引っ越してからちゃんと友達は出来た? 一人でもじもじしていない?」
「え? えーっと……双子の姉弟がいてね、その子たちとは中学のころから仲良くしているよ。未来ちゃんと久遠君っていって……」

 とつとつと説明をしながらも、先ほどまで周囲に立ち込めていた湿っぽさが和らいでいる事に気が付いて、リンはほっとする。ミキは元気すぎて煩く思われることもあるけれど、昔から空気を読むことに長けていて、沈んだ場を盛り上げてくれていた。そんな彼女に、リンは一体何度救われた事だろう。

「双子かぁ。やっぱ似てるの?」
「顔はそれなりに。でも、性格は正反対なんだよ。ミクちゃんは明るくて元気で、クオ君――あ、あだ名が『クオ』っていうんだけどね、彼はのんびりしていて、何かいつも眠そう」
「ふぅん……リンはその子たちと一緒に居て楽しい?」
「……うん。二人には引っ越したばかりの頃からいっぱいお世話になってるし、大切な友達だよ」

 新しい環境に馴染めずに途方に暮れていたリンに声をかけてきたのは、浅黄色のツインテールが可愛らしい女の子だった。彼女と、彼女をそのままショートカットにしたような男の子のおかげで、リンは知らない人ばかりの学校でも寂しさを感じずに済んだのだ。
 ほんのりと微笑みながら話すリンの姿に、ミキはへぇぇそっかー、と面白くなさそうに相槌を返す。その声のトーンは、心なしかさっきより一回り程低い様な気がして……これはひょっとして、ヤキモチ、なのだろうか?

「あっ……でもね! ミキちゃんたちと一緒に居る方が落ち着くよ! 素でいられるっていうか……」
「いいよーフォローしなくても。そっかぁ、リンはあたしたちの事なんか忘れて、新しいお友達とよろしくやってるのかー」
「そ、そんなつもりじゃ……!」

 必死になって言葉を付け足すが、ミキは知らん顔。何を言っても許してくれそうにない様子にリンがおろおろと慌てていると――ミキは堪え切れずにぷっと吹き出した。

「ごめんごめん、冗談だって」
「っ……本当に怒ってると思ったじゃん!」
「いやぁリンが可愛いからつい。でもよかった、ちゃんと向こうでもリンに優しくしてくれる友達いるんだね。てっきり『この田舎もんがー!』っていじめられてんのかと思ったよ。リンちょっとトロい部分あるし」
「そ、そんなことないもん!」

 拳を握りしめて反論するが、ミキには軽く流されてしまう。からからと笑う彼女を精一杯睨み付けながらも、胸の中にはああ、やっぱり、と暖かい気持ちが湧いていた。
 明るくて、元気で、引っ込み思案なリンを引っ張ってくれる優しい人。ミキの姿は、ミクと重なる部分が多いのだ。
 友人たちの共通点にリンは少しだけ嬉しくなる。二人がどこかで出会うようなことがあったら、きっとすぐに仲良くなれるだろう。ひょっとしたら、リンの事をそっちのけで話に盛り上がってしまうかもしれない。……例えば、リンの頼りなさについてとか。
 二人の友人に囲まれてあれこれ説教を喰らう様な状況は、出来るだけ避けたいのだが……。

「……ところでさー、その『友達』の男の方って、リンちゃんの彼氏?」

 そんな風に「もしも」の可能性に思いを巡らせていたリンの思考をぷつりと切ったのは、ミヤからの一言だった。
「彼氏」の単語にレンが振り向く。リンを見つめるその顔には戸惑いと期待がない交ぜになった表情が浮かんでいたのだが、ミヤの質問に驚いていたリンは気付かない。

「えっ……な、何で急に……!」
「そうなの?」
「違う! クオ君は普通にお友達だよ、ミヤ君みたいに!」

 まるで気恥ずかしさが生き物になって、もぞもぞと背中を這い上がってくるみたいだ。この手の話題は中学、高校問わず女の子の間で盛んに交わされていたし、リンも多少は気になって会話に加わることもあったが、対象者が自分となると話は違う。
 焦って裏返る声は、まるでやましい事があると認めている様で、尚更居心地が悪くなる。そんなリンの心情には全く気付いていないミヤは、「恋バナに男も女も関係ないだろう」とでも言いたげに、生き生きと身を乗り出してきた。

「んじゃさ、そいつの他に彼氏、もしくはそれに該当するような人物っていんの? リンちゃん可愛いし、向こうじゃ相当モテるんじゃな――――っで!!」
「馬鹿は黙ってろ!」

 すると、水風船が割れるような鈍い音が響き渡り、ミヤが頭を抱えてうずくまる。ユリからの渾身の平手打ちが相当こたえたらしい。

「いってぇぇ……マジで殴んなよなぁ」
「余計な質問するお前が悪い。リン困ってるだろ」
「えぇぇぇ、だって気になんじゃん、友達の恋愛事情!! お前だって知りたいよな、レン!」
「……えっ?」

 まさか、このタイミングで自分が振られるとは思っていなかったのだろう。ミヤの言葉にレンは一瞬固まる。
 ふよふよと泳いでいた視線がリンと重なり、ばつが悪そうにそらされる。それは、何かを隠しているみたいで……。
 どこか落ち着かないレンの様子に、リンの心はもやもやと曇る。どうしてこんな気持ちになるのだろう。自分は一体、レンに何と言ってほしかったのだろう。
 喉の辺りに引っ掛かった苦味を吐き出すように、リンの口は、質問への答えを紡ぎ出す。

「今はいないよ。気になる先輩ならいたけど……」
「えっ、なになに、その人とどうしたの!?」
「何もないって。本当にちょっと気になるなぁって程度だったし……それにその人、彼女いたもん」

 苦笑しながら答えると、ミヤはなんだぁとつまらなそうに腰を下ろす。……そう、あれは「恋」というより「憧れ」に近かったのだと思う。
 搾りたてのオレンジみたいに甘酸っぱい気持ちではなく、ろうそくの炎の様にじんわりと暖まる、そんな感じだ。優しくてしっかりしていて他人からの信頼も厚いあの人が、恋人の前でだけ見せる幸せそうな笑顔――それを見かけても不思議と悲しいとは思わなかったのは、そんな理由なのだろう。
 ――――と、話はここまでにしておくつもりだったのに、この手の話題に鋭いミキは、リンを逃してはくれなかった。

「……ん?『今』はいないってことは……『前』に何かあったってこと!?」

 キラキラと期待の籠ったまなざしで見つめられて、リンは怯む。
 後ろめたいことが何もなければ「何もないよ」と笑って済ますことが出来るのだが、生憎心当たりがある。そしてリンは嘘が苦手だ。
 あー、ともうー、ともつかない声を途切れ途切れに漏らすリンの姿に、ミキとミヤはきゃーもっと詳しく! と色めき立つ。無関心を装っているユリやピコでさえも目に浮かぶ好奇心を抑えきれず、レンは――――少しだけ顔がこわばっている?
 この状況から逃れるには、とっとと白状してしまう他に道は無いらしい。途方に暮れた様に視線を泳がせていたリンは、やがておずおずと口を開いた。

「ひ……一人だけ、ね。すぐに別れちゃったんだけど。……ねぇ、もうこの話止めようよ?」

 羞恥と困惑で血の上った顔は、外の気温に負けない位熱い。両手を頬に当てながら懇願するリンに、ミキとミヤは詳細を穿り返してくるかと思ったが、彼女たちは意外にもあっさりと手を引いた。

「ふんふんなるほどねぇ。よーするに、話を全部まとめると、リンちゃんに今、彼氏はいない」
「リンに今彼氏はいない」

 ニヤニヤと笑いながら復唱しつつも、その視線は何故かリンではなくレンに注がれる。シカトを決め込んでいたらしいレンも流石に耐えきれなくなったらしく、二人の方をぎろりと睨む。

「……何が言いたいんだよ」
「べっつにぃ~」
「それはご自分が最も理解していらっしゃるのではないでしょうかぁ? ほら、リンに、彼」
「お前らなぁ……!」

 口笛でも吹きそうな調子で話をはぐらかすミキとミヤに、レンは机をバンと叩いて立ち上がる。その勢いにお調子者コンビはひゃあ、と楽しげな悲鳴をあげると、椅子から飛び降りて駆け出した。あっという間に始まった鬼ごっこ。

「え……と」
「馬鹿はほっときなよ、リン」
「そうだね。この暑さの中走ったって疲れるだけだし、俺たちは静かに雑談でもしてようか」

 話についていけないリンは、駆けまわる友人たちをおろおろと目で追う事しか出来ない。ユリとピコはこれ以上関わりたくないとでもいうように完全知らん顔で、三人を止める気はないようだ。
 開け放った窓からは、熱気を含んだ風が流れ込んでくる。ガタガタと崩れる列や倒れた机の音に、階下からはついに「いい加減にしてください!」と苛立ちを含んだ声が響いてきた。

「やっべ、キヨ先生怒ってんじゃん」
「あーあ、レンのせいだからね!」
「何で僕が!」
「つまみ出される前に逃げよーぜ!」
「賛成っ! 捕まったら『レンがいきなり追いかけてきたんですー』って言えばいいもんね」
「だからなんで僕のせいになってるんだよ……あー、もう!」

 廊下へと飛び出した三人の声が、次第に遠ざかっていく。好き放題荒らされた教室を見回して「とりあえず綺麗に直しとこうか」と呟いたピコの声を、リンは出入り口の方を見つめたまま茫然と聞いていた。


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