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5日目後編です。ようやくタイトルと繋がりました。
ここら辺で全体の三分の一位です……(遠い目)


。。。

 気分転換を兼ねて買い物に出かけたのに、まさか思考を妨げる張本人に会ってしまうだなんて。
 言葉を失うリンとは対照的に、レンは嬉しそうに顔を綻ばせる。

「奇遇だね。買い物?」
「え……あ、うん。レンも?」
「ん、ちょっとお使い。昨日電球切れちゃってさ、暑い中外出んの面倒だからお前行って来いって。ほんと人使い荒いよなぁ」

 不満たっぷりに口を尖らせつつも、すぐににへらと笑うレンの姿に、心臓がさざ波のように小さく震える。
 あんなことがあった後なのに、レンの態度は何一つ変わっていない。リンを見る目は相変わらず柔らかくて、ゼロの距離になったことなんて、きれいさっぱり忘れてしまったのではないだろうか。
 …………馬鹿みたい。
 結局、気にしていたのは自分だけだった。レンにとって一昨日の行動は、ただ単に雷に怯えるリンを慰めただけで、それ以上の意味はなかったのだ。
 理不尽なのはわかっているが、呑気なレンの様子に、悔しさとほんの少しの寂しさが膨れ上がる。無意識に強く握りしめた手の中で、ビニールの持ち手がくしゃりと音を立てた。

「…………じゃあ、私は先に……」

 足元の百円玉を拾い上げて、なるべく目を合わせない様に挨拶をすると、リンはレンを避けて出口へと向かう。悩んでいたのが馬鹿馬鹿しいと思う反面、期待が外れた様な、一方的に裏切られたような気持ちになってしまう自分も嫌で、早くこの場から立ち去りたかった。
 なのに。

「リン、待って!」

 すれ違う瞬間に手首を掴まれる。レン自身はそれほど力を入れているつもりではないのだろうが、骨ばった大きな手はハッとするような強い力を伝えてきて、リンの事を逃がさない。
 汗ばんだ手のひらが剥きだしの肌に貼り付いて熱を帯びる。恐る恐る振り向くと、海みたいに綺麗な青い瞳は困惑に揺れていて――――ああ、揺れているのは、その中に映る自分の瞳だ。

「……少し、話していかない?」

 ふわりと優しく細められた目に、これ以上は動けなくなる。
 心臓は逃げ出したくてキリキリと悲鳴をあげているのに、断ることも出来なくて、リンは静かに首を縦に振った。




 お店の横の日陰になっている場所には、塗装の剥げたベンチが置いてある。買い物に来た子供がお菓子のおまけを広げたり、お年寄りが休憩するために用意されたものらしいけど、今はリン以外に利用している者はいない。
 ゆらゆらと風に揺れる木の枝を見上げて、リンは小さくため息を吐いた。……迂闊だった。このお店からはレンの家も近いし、外で鉢合わせをする可能性がゼロではないことくらい、簡単に予想できたはずなのに。
 ガラス張りのドアの向こう側からは、レンとおばあさんの話し声が漏れ聞こえてくる。お使いの品を探しているのか、それとも、ただ雑談をしているだけなのか。
 無意識に耳をそばだてている自分に気が付いて、リンは慌てて首を振った。何だかいけないことをしている様で、居心地が悪かった。
 レンが買い物を終えるまでは、手持無沙汰にスマートフォンを弄る以外、特にやることは無い。液晶表示をオンにして、メール画面を開いて、中身を読むこともなく閉じる。この辺りは電波が悪いみたいで、インターネットを使うには適さなかった。
 そしてそのまま暫くは、画面のオンオフを繰り返しつつぼんやりと手元に視線を落としていたから、レンが店から出てきた事には全く気付かなかった。

「おまたせ」
「――――ッ!?」

 首筋に当てられた冷たい感触に、リンは一瞬ベンチから跳ね上がる。
 突然の悪戯に思考はどこかへと吹き飛んでしまった。勢いよく振り向いて、非難するように睨み付ければ、レンはまるでドッキリが成功して喜ぶ子供みたいに満面の笑みを浮かべている。
 まったく、いきなり何てことをするんだ。文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたリンの視線は、レンの手元――恐らく、先ほど感じた冷たさの原因であろう物体に吸い寄せられた。
 見るからに涼しげな水色の瓶。温度差で表面にはびっしりと水滴が浮き上がっていて、底の方から雫がぽたりと滴り落ちる。

「あ……ラムネ」
「昔よく一緒に飲んだよね。懐かしかったから買ってみた。奢るよ」

 楽しげに瓶を差し出されて、喉元まで出かかった不満は氷の様に溶けて消える。少しだけ逡巡して瓶を受け取ると、程よく冷えたそれは、手のひらの熱を一瞬で奪っていった。
 毎年七月に入ると、このお店ではラムネを売り始める。ラムネといえばお祭りのイメージが強かったのだが、ここに来れば何時でも飲むことが出来るということで、小さい頃はお小遣いを握りしめてよく買いに来ていたのだ。……そういえば、引っ越してからは一度も飲んでいない。
 懐かしむ様に目を伏せて火照った頬に瓶を当てると、満足そうに口元を緩めたレンは、そのまま当たり前の様にリンの横へ座って、飲み口のフィルムをべりべりと剥がしていった。リンもそれに続く。
 付属のプラスチックの器具を飲み口に押し当てて力を入れると、シュポッという小気味良い音と共に、瓶の中に気泡が生まれた。
 硝子玉が落ちる。
 飲み口から噴き出る泡を零さないように急いで口をつけると、炭酸の強い刺激が舌を刺した。口いっぱいに広がる甘い香りは、喉を通り、身体の中心まで落ちると、しゅわりと弾けるように溶けいって――――くすぐったい様な切ない様なその感覚が全身に回りきる前に、リンは顔をあげる。

「電球、見つかった?」
「ああ、うん、何とか。探してたのお風呂場の電球だからさ、無かったら困った。リンはおばあさんの手伝いだろ? えらいじゃん」
「そんなことないよ。おばあちゃん、今ちょっと体調崩してるから、これくらいはやらなきゃ」
「え、大丈夫なの?」
「風邪気味みたい。寝れば治るって笑っていたけど、やっぱり心配だから、ご飯とか出来るだけ手伝おうと思ってるの」
「そっか……じゃあ、帰ったらおふくろに言っとくよ。何かおかず作ってもらって、あとでそっち持ってく」
「い、いいよ、そんな!」
「気にすんなって。てか、そんな風に気を遣うような間柄でもないだろ? リンがこっち来てること教えたら、すごい会いたがってた。気が向いたら顔出してやってよ」
「うん……ありがとう」

 ――――ちゃんと、いつも通りに振る舞えているだろうか。
 例えば、声の震えや笑顔の不自然さといったものに、レンがどれだけ敏感かはわからないけれど、もし気付いていなかったら、そのままでいて欲しい。
 戻ってきてから何日か経って、ようやく、昔みたいに気兼ねなく話せるようになってきたのだから。
 余計なことを考えて気まずくなってしまうのは、どうしても嫌だった。




 そのまま、互いに無言で瓶を傾けていると、ふとレンの顔がこちらを向いた。

「……リン、出かける前昼寝してただろ」
「えっ、何でわかったの?」

 図星を刺されて、リンはうろたえる。寝ぐせでもついているのだろうか?
 思わず髪の毛に手を伸ばすと、レンは種明かしをするように、指を立てて得意げに笑う。

「――ほら、ここ。畳の跡ついてる」

 スッ……と近づいてきた人差し指が頬に触れた瞬間、静電気でも受けたみたいに、頬から全身に痺れが広がった。
 レンの指先は、ラムネを握っていたせいかひんやりと冷たいのに、触れた部分は溶けるように熱い。弾かれたように身を離して頬を押さえたけれど、熟れた果実のようなそれは、少しでも気を抜いたら指の隙間からどろりとこぼれ落ちてしまいそうだ。
 レンはきっと、リンがただ驚いているだけなのだと思っている。カラカラと笑い声を立てると、また何事もなかったかのように、正面を向いてしまった。
 心臓の奥で何かが弾ける。まるで、硝子瓶の中の気泡みたいに。
 しゅわしゅわと心をくすぐるその刺激は、今のリンには強すぎる。逃がし方も抑え方も知らないから、そこに上書きするかのように炭酸水を飲み込んだ。

「……ラムネ玉、取りたいのに取り出せなくて、すっごく悔しかったんだよなぁ」

 からっぽになった瓶を青空にかざすと、太陽の光を受けた硝子玉がきらりと光る。
 逆さにしても絶対に落ちて来ないそれは、大きさ以外はおもちゃ屋さんに売っているビー玉と変わらないのに、どこか特別な、宝石の様なものに映った。
 プラスチック製の蓋は瓶にピッタリと嵌っていて、引っ張っても回しても外すことは出来ないから、どうしても欲しかったら、こっそり割って持って行く以外に方法は無い。勿論リンにそんな思い切ったことは出来なかったから、瓶の中の水色の宝石を名残惜しげに眺めるにとどまったのだが。

「最近のは蓋が簡単に取れるのもあるんだよ。ペットボトルのキャップみたいな感じで」
「ええ~。なんかそれ、つまらないね。頑張っても取れないのが良かったのに」
「だよね……てことでハイ、プレゼント」

 目の前に拳が付きだされて、殆ど反射的に手を広げると、その上に何かがコトリと落とされる。
 被さっていたレンの手が引くと、手のひらには透き通った水色の玉が乗せられていた。ほんのりと冷たくて湿っているその玉を、リンはまるで手品でも見ているかのようにぱちくりと眺める。

「――手を伸ばせばすぐに掴めそうなのに、どうしても届かない」

 横から零されたつぶやきに目を向けると、さっきまで無邪気に笑っていたレンの表情は急に静かなものへと変わっていた。リンは無意識に手を握りしめる。

「子供の頃ってさ、出来ることが少なかったり解決法を知らなかったりで、諦めちゃうことって結構多いじゃん? 後から振り返ってみて『何でもっと頑張らなかったのかなぁ』って後悔するんだけど、もうどうすることも出来なかったりで、そういうの、結構へこむ……」
「……レン?」

 意味の解らないレンの言葉に、じわじわと不安が湧き上がる。何を伝えようとしているのかはわからないのに、リンを見る目はいつになく真剣で―――…この目を、リンは知っている。

「でもさ、何年か経って、目の前にまたチャンスが巡ってきたら、今度こそ掴んでやりたいじゃん。届かなかったのは手を伸ばしてすらいなかったからで、今だったら……その、伝えるための手段とか言葉の他に、覚悟とか……そういうもんも、昔よりは持っていると思うから。……だから、」
「――ダメだよ。これ、勝手に出しちゃったら、瓶を回収しに来た業者さんが困っちゃう」

 強い口調で言葉を遮ったのは、その先を聞くのが怖かったからか、それとも――。
 手のひらの熱でほんのりと暖まってしまった硝子玉をそっと返すと、何かを言いたげに口を開いたレンは、一度だけ強く唇を結んで、でもすぐに緩めて「戻しておくよ」と呟いた。
 レンが立ち上がる。
 遠ざかっていく背中を見上げることは出来なかった。硝子玉が瓶の中に落とされる音がどこか寂しげに響いて、暫くの間耳の奥から離れなかった。





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久しぶりに…

硝子瓶の中の泡沫 7

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