FC2ブログ

イベントからまだひと月経っていませんが、秋の内に更新したかったので、こっそりと公開しちゃいます。
今月4日に開催されたオンリーイベント『鏡音ようび!』にて発行(無料配布)したコピー本のお話です。モジュール設定・青黒藍蘇ほのぼの、シリーズ秋編です。
あとがきは別記事にて……。

スターリーフの炎

 ひんやりとした風が頬を撫でる。
 見上げた空には薄い帯状の雲が広がっていて、肌寒い中にも、柔らかく降り注ぐ陽の光とからりとした空気が心地良く思えた。
 何も考えずに、ただぶらぶらと散歩でもしたい気分。仕事や友人たちの案内で「和風エリア」のステージはいくつか訪れたことがあるが、この庭の様に木々が燃えるような赤に染まっている様は不思議と心奪われるものがあって、なかなか気に入っているのだ。
 そんな考えが頭の片隅をよぎったところで、俺は小さく首を振った。残念なことに、「仕事」を放り出して呑気に遊んでいる暇など、今の俺には与えられていない。
 色数の少なくなった庭に規則的に響くのは、乾燥した植物の枝が土を掻く音だ。俺の身の丈くらいある箒を動かす度、散らばっている落ち葉が庭の隅へと追い込まれていく。枯れた木の葉は穂先が当たるとカサリと音を立てて、ほんの数秒程ふわりと浮きあがると、小さく積み上がった山の上に着地した。
 十数分ほど前は茶色や赤で埋まっていたカエデの下も、単調な作業を重ねることですっかり綺麗になった。こんなもんだろう――そう思って腰を伸ばした矢先、耳元でビュウ、と空気が唸りを上げた。
 あ、と声をあげる間もなく風は集めたばかりの葉を舞い上がらせ、何事も無かったかのようにどこかへ通り過ぎていく。残された葉たちはひらひらと宙を踊って、掃いたばかりの土の上へと散らばった。悲しいかな、数分前とほぼ同じ状態に後戻りだ。
 ほんの一瞬の間に起きた、何でもない、けれど俺にとってはとんでもない惨状と言っても過言ではない出来事に、肩を落とさざるを得ない。同じ様な状況には既に何度か陥っているし、決して楽な仕事ではない事も手伝い始めてすぐの段階で理解できたが……これではキリがないじゃないか。
 足取り重く来た道を引き返すと、俺は散らばった葉を少々乱暴に掃った。風が吹くのは仕方がないが、これまでの苦労がこうもあっさり無駄になってしまうと、流石に嫌になってくる。
 いや、そんな事よりも、問題は家の中に戻っている友人の反応の方だろうか。あいつは俺に対してやたらと厳しいから、葉が数枚残っているだけでやり直しを言い渡す位の事は真顔でやってのけるだろう。小言の一つや二つ、覚悟しておいた方がいいかもしれない。
 因みに、随分前に何で俺だけに厳しくしてくるのかを問い質したことがあるのだが、あいつは不思議そうな顔で首を傾げ「ほら、だって青さんですし」と返しただけだった。幾らなんでもそれは理不尽だろう。相方に対してはあんなにも過保護なのだから、そのやさしさを、せめて小指の爪程度でいいから分けていただきたい。
 そんな事を考えていると、晴れ渡った秋の空から与えられる爽やかな空気が、背後で急に重さを増した。
 湧き上がる嫌な予感に恐る恐る振り向くと、そこにあったのは、箒を傾け片眉を微かに釣り上げた友人――藍鉄の姿だ。

「……何サボっているんですか?」

 俺よりも色素の薄い肌や髪が漂わせる柔らかい印象からは想像もつかない冷めた声に、暑くもないのに汗が滲みそうになる。彼のアメジストの瞳には、俺の努力の跡なんて微塵も映っていないのだろう。

「いや、だから風が……」
「はぁ……言い訳は不要です。散らばってしまったのなら仕方がない、もう一度集めればいいだけの話ですから。ほら、いいからさっさと手を動かしてください、青さん。これじゃあいつまで経っても終わりませんよ?」
「……」

 まったく、席をはずしている間に少しは片付いているかと思ったのに、全然役に立ちませんね――なんて失礼極まりない事を呟きながら、鉄は半分以上葉を落としたサクラの樹の前から掃除を再開した。
 弁解をする隙なんてもんは最初から無い。反応も想像通り。……わかっている、わかっているのだが…………この釈然としない気持ちは何なのだろう。俺は何か悪い事をしたのか?
 がっくりと肩を落とす俺を余所に、鉄の箒はついさっき俺が集めたはずの葉を、軽快な音と共に掃き出す。土埃と一緒に舞い上がった木の葉は瞬く間に積み上がっていき、小さな茶色の山を一つ作った。風は今のところ穏やかで、頂上の葉数枚をふわりと攫って行くだけだ。…………理不尽だ。

「いつまでボケっと突っ立っているんです?」

 キビシイお言葉と共に軽く睨まれて、俺は慌てて生垣の前へと走った。手を動かしながらそっと背後を窺い見ると、彼は機嫌よさげに鼻歌なんぞ歌いながらせっせと葉を集めている。
 ――厚意で手伝ってやっているのに、どうしてこんな事を言われなければならないんだ。
 もやもやと湧き上がってくる不満を飲み込んで、代わりに長い溜息を吐く。箒に突かれて追いやられていく木の葉を目で追いながら、俺は、何で自分がこんな事をする羽目になっているのかを、思い返さずにはいられなかった。



***


 光の通路を抜けて「和風エリア」に降り立つと、薄桃色の花びらが視界の端をちらちらと過った。
 空を覆う程に枝を広げた満開のサクラ――だけにとどまらず、日を浴びてキラキラと輝く新緑も、鮮やかに彩られたモミジも、ここでは一度に見ることが出来る。
 季節が入り混じった空間。一見するとかなり異様な光景だが、「このエリアの魅力をぎゅっと凝縮した場所なんだよ」などと説明されてしまうと、妙に納得してしまうのだから不思議だ。実際、和風エリアは季節感の強いステージが複数存在するし、この辺りの木はその影響を受けているのだと蘇芳が得意気に言っていた気がする(要するに、サクラの森の向こうには花びら舞うステージが、モミジの森の先には赤い葉に覆われたステージがあるというわけだ)。

 ここはいわゆるエリアの玄関口。
 和をモチーフとしたステージやモジュールたちの住居が集まる区域の、ちょうど中心部に当たる場所だ。



 赤く染まった葉を見上げながら、俺と黒は友人たちの家を目指して森へと入り込んだ。
 地面はまるでカーペットでも敷いてあるかのように赤や黄で埋め尽くされていて、足を進める度、重なり合った小さな葉がパサパサと砕ける音が、乾いた空気に溶け込んでいく。
 パサ、カサリ。パサ――――カサリ。
 二人分の足音は決して揃うことがなく、ずんずんと進む相方の後ろを、俺は大股二歩分下がった場所から黙々と追いかける。彼女は俺より歩調が速いから、うっかりすると置いていかれそうだ。
 折角一緒に歩いているのに会話がほとんど無いだなんて、喧嘩でもしているのかと思われるかもしれないが……大丈夫、いつもの事だ。俺はもともと口数が少ないし、黒も自分から会話の種を探すような性格じゃない。お互いそれを不都合に感じているわけじゃないのだから、これでいいんだ。
 赤い世界の中に浮かび上がる、細く、しかし力強さも感じる背中を眺めながら、そういえば俺たちは横に並んで歩くことが滅多にないなとぼんやり考える。
 鉄と蘇芳はいつもお互いペースを合わせている様だし、この間会ったアシンメトリーの二人も仲好さげに手を繋いでいた。スクールウェアの二人はよくわからないが、ウェアリンが必死になってマイウェイな相方の横にくっついている様だったし、ネームレスは……いや、あいつらは互いに競り合っているだけか。
 全ての鏡音ペアモジュールがそうだとは思わないが、身近な例を見る限り、概ね隣り合った姿が一般的らしい。
 一方、俺たちが肩を並べるとしたら、きっとライブの時くらいだ。それ以外ではたいてい黒が先を行って、俺が後から続いている。逆のパターンになったことは……ないんじゃないだろうか?
 別に、仲が悪いわけでも、主導権を握られているというわけでもない。この世界に生まれて、共に行動するようになって、気が付いたらこうなっていたんだ。
 「星」の名が示すように、彼女は俺にとっての光だ。進む道を照らす星の光。彼女の背中を追いかけることには、一種の安心感の様なものすら覚えているのだ。
 ……という本音を真面目に話したら、友人は呆れ顔で「尻に敷かれているだけじゃないですか」とため息を吐いていたが――別に、主導権を握られているというわけではない。多分。

「――お、……青! ちょっと、何よそ見して歩いてるの?」

 ふいに前方から聞こえてきた声に首を回すと、随分と遠くに離れていた相方が、訝しげな表情で振り向いていた。
 どうやら、思考と一緒に歩く道まで脱線していたらしい。反射的に足は止めていたが、あと二歩ほど遅かったら木の幹にぶつかっていたところだった。……怪我でもして笑いの種になるのだけはごめんだ。

「はぁ……あんたがぼーっとしてんのはいつもの事だけど、荷物だけはちゃんと守ってよね。一応『おみやげ』なんだから」
「……気を付ける」

 なんだ、俺よりも荷物の方が大事なのか。刈りたての芝生ですら敵わない程にさっぱりしすぎた彼女の言葉に、ほんの少しだけがっかりしたが……まあ、これもいつもの事だ。
 俺の返答に彼女はぱちりと一回瞬きすると、一切の興味を失ったかのように再び前を向いてしまった。
 背中が遠ざかっていく。今度は置いていかれない様、俺は歩調をワンテンポ速めた。


 昨日のライブでもらった差し入れの一部を友人たちに「お裾分け」するため。それが、俺たちがこの和風エリアを訪れた目的だ。
 「ブラックスターとブルームーンのライブ」はこの電子世界の中でもかなり注目を集めるイベントの一つらしく、俺たちは何かとプレゼントを渡されることが多い。
 まあ、中身は大抵食いもんで、「料理」と縁のない俺たちは貰った菓子を一食分に回すなんて事も平気でやっていたのだが……俺も黒もどちらかというと食が細い方だし、受け取る量が増えるにつれて食い切るのがしんどくなってきたのだ。
 そこで、今まで散々菓子をご馳走になっていた礼も兼ねて、友人たちに協力してもらおうと考えたわけだ。
 モジュールイメージ通り二人が作るものは大体「和」を感じるものだから、チョコレートやクッキーといった洋菓子は珍しいらしく、持っていくと結構喜んでもらえる。
 今回はチョコとドーナツ、そして秋に似合いそうな菓子をいくつか選んでみたのだが、二人は「旬」とやらに敏感だし、きっと気に入ってもらえるだろう。
 そんな事を考えている内に、森の出口が見えてきた。
 この夏新しいバージョンがリリースされて、新入りたちの世話やらステージ整備やらでお互い忙しかったから、二人の家にはひと月以上顔を出していない。
 二人は元気にしていただろうか。
 あの庭は今、どんな表情を見せているのだろう。


***


 森を抜けてしばらく進むと、ひっそりとした佇まいの家の前へと到着した。
 俺が追い付いたのを確認して、黒が玄関横に備え付けられているボタンに指を伸ばす。
 訪問の手順としては当たり前の動作。だが、この世界にはエリア間を繋ぐだけでなく各モジュールの住まいに一台ずつ転送装置が備わっていて、俺たちは随分と長い間、自分達のアパートから直接二人の「家の中」へと邪魔していたから、こうやって表から訪問すると未だにソワソワするのだ。
 ピン、ポ―――…ン。
 お馴染の、けれど俺たちの家のものと比べると少しだけ金属に近い様な音が空気をぴりりと震わせ、すぐに消えた。律儀な二人は来客を待たせることなんて滅多にないから、いつもならこの辺で、返事と共に蘇芳が廊下を駆ける音がパタパタと聞こえてくるはずなのだが……

「……留守かしらね?」

 固く閉ざされた扉の向こうに、人の動く気配は感じられなかった。念のためもう一度だけベルを鳴らしてみたが、間延びした音が返ってくるだけで、二人が出てくる様子は一向にない。
 今回は特にメールで立ち寄る旨を知らせてもいないし、タイミングが悪かったのかもしれない。自由奔放であちこちを走り回っている蘇芳はともかく、鉄だってずっと家の中にいるわけではないのだし。

「居ない様だな。仕事かもしれないし、今日は諦めて帰」
「――待って、青」

 踵を返しかけたところいきなり腕を掴まれて、危うく袋のてっぺんに乗せた箱を一つ落としそうになった。
 いきなり何をするんだと口を開きかけた俺をひと睨みして、黒は人差し指を自分の唇に当てる。そしてそのまま視線を家の向こう側に移した彼女に倣って、意識をそちらに集中してみると。
 ザッ、ザッ……と、聞き慣れない音が響いてきた。
 何かを引きずるような――いや、引っ掻くような音だろうか? 微かだが、音に混じって笑い声も聞こえる。

「……裏の方か?」
「行ってみましょう」

 俺が答える間もなく、黒はスタスタと音の鳴る方へと向かってしまう。
 探求心とは無縁そうな彼女にしては珍しい反応。わざわざ確認する気になったのは、聞こえてきた声が探していた人物のモノだと確信を持ったからだろうか。それとも、もう一度訪ねる手間に比べたらこちらの方が楽だとでも考えたのだろうか。
 どちらにせよ、まずは荷物をどうにかしなければ。断続的に響くこの音も気になるし、何より、黒が行くと決めたのなら、俺はそれに従うだけだ。


 いつも座っている縁側の前を通り過ぎ、普段あまり立ち入ることのない裏庭を家の影からこっそりと覗くと、思った通り、そこには蘇芳と藍鉄の姿があった。
 二人がせっせと動かしているのは柄の長い箒だ。薄い茶色の穂先で地面を掃う度、ザッと乾いた音が後に続く。どうやら謎の音はここから出ていたらしい。
 ザッ……ザザッ……
 自慢の庭の手入れには抜かりない二人の事だから、掃除をしていること自体は別段不思議ではない、が――。
 声をかけるべきか、否か。
 談笑をしながらとはいえ、俺たちに覗かれている事にも気付かない程度には作業に集中しているらしい。今日は菓子を持ってきただけだし、玄関に置いて後からメールでも入れておこうか。忙しいのであれば、寧ろそっちの方がいいだろう。
 そっと目配せをすると、黒も同じ結論に至ったのか、諦めたように軽く肩を竦めた。あわよくば菓子をつまみながら近況報告でも――などと考えなかったわけではないが、これでは仕方がない。
 今の季節が「秋」でよかった。持ってきた菓子はどれも腐るようなものではないが、黙ってしばらく放置するとなると流石に色々気になる。これだけ涼しかったら、一時間くらいそのままでも安心だろう。
 極力物音を立てない様に壁から身を離し、足元を見ずに一歩後ずさる。と。
 カサリ。
 地面に落ちていた枯葉が靴に潰され、はらはらと崩れ落ちた。同時に。

「……あ」

 音に反応したのか、蘇芳が振り向く。
 彼女はアメジスト色の瞳をぱちくりと瞬かせながら俺たちの顔を順に眺めると、ぱあっと笑顔を浮かべて、こちらに向かって突進してきた。
 サイドの髪をふるふると揺らしながら駆け寄る姿は、相変わらず子犬のようだ。長さと重さがあって持ち上げられないのか、両手で抱えたままの箒はズルズルと引きずっている――と、思ったら、早速邪魔にでもなったのか地面に捨て落とされた。

「黒ちゃん久しぶりー! どうしたの、かくれんぼ?」

 自由になった両腕を黒の首に回し、お馴染「歓迎」のポーズ。彼女にはここを訪れる度に抱き付かれているから、流石に慣れてしまった。

「久しぶり。いや、別に隠れてたわけじゃないんだけどね……」
「ふぅん? あ、青ちゃんも久しぶりだねー!」
「……おう」

 ついでにされた感が否めないが、これも割といつもの事だから気にしない。彼女が一番に懐いていて、話したい相手は俺の相方なのだ。

「いらっしゃい黒さん、青さん。ひと月半ぶり――くらいでしょうか。お元気でしたか?」

 ゆったりとした動作で近付いてきた藍鉄は、放置されている蘇芳の箒を拾い上げると、再び俺たちの方に向き直って微かに眉を下げた。

「すぐにお茶を……と、言いたいところなんですが、今ちょっと手が離せなくて。すみませんが上がって待っていてもらえませんか? ――ほら蘇芳、落し物だよ」
「はぁい。黒ちゃんも青ちゃんも、ゆっくりして行ってね!」

 蘇芳は黒から離れると、差し出された箒を素直に受け取って鉄の横に並ぶ。そしてそのまま庭掃除に戻ろうとしてしまったものだから、俺たちは――実際に口を開いたのは黒の方だが――慌てて二人を引き留めた。

「別に気を遣わなくてもいいのよ? 今日はこれを持ってきただけだし、置いたらすぐに帰るわ」

 菓子の詰め込まれた紙袋を指さしながらそう言うと、鉄は苦笑するように首を傾げ、蘇芳はショックでも受けたかのような顔で黒に詰め寄って来る。

「そういうわけにもいきませんよ。せっかく来ていただいたのですし、お茶の一杯くらい飲んでいってください」
「そーだよ黒ちゃん! 久しぶりなんだから、もっとお話しようよ!」
「いや、でもなんか忙しそうだし……」
「この辺りの葉を片付けたら一旦切り上げますから。そうですね、15分くらいでしょうか……」
「10分で十分だよてっちゃん! 待ってて、直ぐに終わらせるから!!」
「玄関の鍵は開いていますから。遠慮せずに上がってくださいね」
「なんだったらそっちの縁側から入ってもだいじょーぶだよ!」
「あー……えっと……」

 反論する余地を与えない手口は流石だなと感心さえする。何だかんだ、この二人は押しが強いのだ。
 まあ、この後特に予定もないし、二人の言葉に甘えさせてもらう事にしよう。


「……にしても、これだけ広いと手入れするのも大変でしょ。あんたたちっていつもこんな事やってるの?」

 天に向けて枝を広げる色とりどりの木々見上げて、黒は呆れた様に呟く。俺も同意するように空を見る。
 二人分の小さな個室とリビング、キッチン、バスルームが揃っているだけの無機質な集合住宅と違い、広い庭に四季折々の草花が揃うこの場所。電子の世界の外で暮らすニンゲンたちに俺たちの生活は把握し得ないから、ここの世話はすべて彼ら、蘇芳と藍鉄の手によって成されている。
 俺たちが生み出された目的の範疇を超えたその行為に果たしてどれだけの意味があるのかは窺い知れないが、これも彼らの「個性」を形作る要素の一つであるのも確かだ。それに、俺たちの様に家に籠って楽器を触っていることに比べたら、彼らの方がずっと「健康的」かもしれない。

「まあ、お暇をいただいている時は大体。特にこの時期は、放っておくとすぐに庭が埋まってしまいますしね。落ち葉を踏みしめる音も風流でいいのですが、積もってしまうと見栄えも良くないですから」
「私は葉っぱのじゅうたんみたいで楽しいからこのままでもいいのになぁって思うんだけど、てっちゃんが許してくれないの」
「蘇芳は目を離すとすぐに地面に寝ころんで、体中を葉っぱだらけにしてしまうでしょう。外で掃ってきてくれればいいけれど、家の中にまで持ち込まれてしまったら掃除が大変なんですよ」
「気持ちいいんだよ! ふかふか天然のお布団だよ!? てっちゃんも今度一緒にお昼寝すればわかるから!」
「昼寝ならお天道様に乾かしてもらったふかふかのお布団で十分間に合ってます」
「えーっ! てっちゃんのわからずや!」

 まるで躾をされる子犬だ。なかなか取り合ってくれない相方に、蘇芳は不服そうに頬を膨らませる。このままここに居ると、彼女の興味の矛先は俺たちに向かうだろう。

「じゃあ、あたしたちそっちで待ってるから」

 そうならない為にも先手を打って背を向けた相方に続いて、俺も荷物を抱えて裏庭を後にする。「落ち葉のフトン」が気持ちいいのかどうかはさて置き、はしゃいだ彼女にぶちまけられた葉でミノムシにされそうな予感しかしなかった。いや、絶対にされる。
 背後から注がれる不満そうな視線には、気付かなかった事にしよう。
 
 鉄の言う通り家の中に入っても良かったのだが、「何となくいつもの定位置だから」という理由だけで、俺たちは縁側へと腰を下ろした。といっても、やることは無いので、これまたいつもの様にただぼうっと庭を眺める。いつもと違うのは、傍らに茶と菓子が用意されていない点だけだ。
 この場所から見る庭の景色は、訪れるたびに変わっていた。
 濃い色の花を咲かせていたツツジは、今ではくすんだ葉を残すだけのただの緑の塊だ。花壇で一際存在を主張していたヒマワリもすっかり枯れてしまい、その代わりとばかりに、赤や白のコスモスが風に揺られている。そういえば、「夏」にスイカ割りをした時は、危うくこの花壇に頭から突っ込むところだった。
 時折吹いてくる風の冷たさとは対照的に、今の時期この庭を彩っているのは赤や黄などの暖色系が中心だ。カエデ、キク、ケイトウ……甘い匂いを漂わせているのはキンモクセイだろうか。
 最初は八割くらい聞き流していた彼らの草花に関するウンチクも、たった一カ月ちょい耳にしないだけでずいぶんと懐かしく思える。新しくできた後輩と関わるのも新鮮で刺激があるのだが、「同期だから」という理由を差し引いても、やはり彼らと同じ空間に居る事を心地よく感じているのだ。俺も……多分、黒も。
 ザッザ……箒が織り成す二重奏にそっと耳を傾けていると、片方の音が止んで、代わりにパタパタと地面を蹴る音が近づいてきた。

「あ、やっぱりここにいた」
「蘇芳……掃除は終わったの?」

 手を後ろに隠した少女は、俺の相方からの問いに、悪戯っ子の様にニコリと笑みを返す。

「ううん、まだだけど、ちょっと一休み。黒ちゃん、目閉じて」
「目?」
「うん。『いいよ』って言うまで開けちゃだめだからね!」

 尚もニコニコと笑う彼女に対して黒は訝しげに眉をひそめたが、そのまま何もしないでいても彼女が引かないことくらいわかっているから、素直に瞼を落とした。
 蘇芳は満足げに唇の端を持ち上げると、隠していた「それ」を黒の髪に刺す。彼女とその相方に比べて彩度の高い金色の髪に映える、燃えるような赤――。

「……開けていいよ。ほら、すっごく似合ってる」
「何、コレ……?」

 蘇芳にいじられていた辺りを手で触りながら首をかしげる黒の前に、折りたたむタイプの鏡が差し出される。……そんなもんよく持ち歩いていたな。

「楓の葉っぱだよ。黒ちゃんの髪に合わせると綺麗だなーって思って! ね、青ちゃん、綺麗だよね!」
「え? ……ああ、そうだな。綺麗だ」

 いきなり同意を求められて、俺は殆ど反射的に頷いた。モミジの森の中を歩いていた時も思ったが、黒の黄色い髪に赤は確かによく合う。蘇芳たちの世話が行き届いているのか葉の色も随分と鮮やかだし、そういえば黄と赤はもともと色の相性が良かったのだっけ。
 そう素直に感想を述べただけなのだが、なぜだか彼女にはものすごく微妙そうな表情をされた。……何か変なことでも言っただろうか?

「楓の葉ってお星さまみたいな形してると思わない? 赤い星で、れっどすたー。黒ちゃんのお友達だね!」
「……なにそれ」

 無邪気に笑う蘇芳を眺めながら、黒は呆れた様に眉を寄せる。彼女の名、「ブラックスター」と無理矢理かけたのだろうが、センスの程は……どうなのだろう。
 まあ、つれない事を言っておきながら黒の表情はどこか嬉しそうだし、満更でもないのだろう。

「でね、青ちゃんにはこれ!」
「ん? ああ、ありが……とう?」

 なんだ、俺の分まであったのか。開いた手のひらに落とされたのは、人差し指の爪程の大きさをした木の実だった。記憶にあるものと違って色が緑だが、これは確か――

「どんぐりだよ。てっちゃんが、青ちゃんにピッタリだねって拾ってくれたの!」
「それは見ればわかるが……だからって、これのどこが俺と関係あるんだ?」
「みどり色はね、『あお』とも呼ぶんだよ。だから、青ちゃんには青色のどんぐり!」
「はあ……」
「ふふ、なかなか良い選択でしょう? ……ああ、そういえば青色の実は『未熟』を表すんですよね」
「……何が言いたい?」

 蘇芳とは対照的にどこか邪気を含んだような笑顔で近付いてくる友人の姿に、思わず顔を顰める。当の本人は「いえ、別に何も」と涼しい顔だ。
 まったく、黙っていれば(実際、多くの者に対しては)穏やかで優しい性格なのに、どうしてこう俺に対しては嫌味のオマケがひとつもふたつもみっつもついてくるのだろうか。
 文句を言いたくなるのを我慢して、俺は受け取ったドングリをズボンのポケットに突っ込んだ。触らぬ神に祟りなし。口うるさい友人の前で、余計なことを言うべきではない。

「――さて。休憩はこの辺にして、さっさと残りを片付けますか。……いくよ、蘇芳」
「ばっちこー…………くしゅん!」

 鉄の言葉に蘇芳が勢いよく拳を突き上げると同時に、小さなくしゃみが飛び出した。通り過ぎてゆく風の冷たさに剥き出しの肩がぶるると震える。

「蘇芳、大丈夫?」
「うー、へいぎ」

 ぐしゅぐしゅと鼻をすすりながら答える蘇芳。そんな彼女の姿に鉄は苦笑すると、懐からティッシュを取り出してほんのりと赤く染まった鼻に押し付ける。

「今日は少々冷えますからね。お二人と一緒に家の中で休んでいてもいいんですよ?」
「てっちゃん一人じゃお掃除大変でしょ。私は全然だいじょーぶだよ!」
「構いませんよ。蘇芳は二人にお茶をいれてあげてください」
「で、でも……!」

 相方からの気遣いに蘇芳は申し訳なさそうな顔だ。自分だけ休んで彼一人を働かせるわけにはいかないのだろう。だが、それは鉄の方も同じで。
 終わりの見えない問答を今すぐにでも始めそうな空気に、さてどうしたものかと息をのむと、二人の様子をじっと見つめていた黒は俺の方を向いて。

「――青。あんた、蘇芳の代わりに手伝いなさいよ」
「……は? 俺?」
「そう。ね、それならいいでしょ?」

 突然話題を振られて狼狽える俺には構わず、彼女は二人の方を向いて同意を求める。ちょっと待て、俺の意見はどうなるんだ。

「名案ですね。僕一人でも問題は無いのですが、手伝っていただけるのであれば心強いです」
「そう、それはよかった。あたしたちは中で待ってましょう、蘇芳。さすがに寒くなって来たし、暖かいお茶が飲みたいわ」
「ほら、黒さんもこう言っている事ですし、蘇芳は休んでいてください。彼もいますし、僕の事は気にしなくても大丈夫です」
「うー……わかった」
「……」

 当人を無視した会議は満場一致で俺の手伝いを決定したらしい。だから、俺の意見は……。

「それでは、続きを片付けに行きましょうか、青さん」
「青ちゃん、てっちゃんをよろしくね!」

 口を開く隙も与えられず、娘を託す父親みたいな言葉と共に目の前に箒が差し出されたら。一体、どうやって断れというんだ。

「…………おう」

 結局、断る言葉も理由も思いつかなくて、俺は言われるがままに箒を受け取った。
 別に掃除は嫌いではないし、そんなに時間がかかるわけでもなさそうだし、何より、俺が代わらなければ蘇芳が家の中に入ってくれないらしい。少しの間手伝う位どうって事ない。
 これは厚意だ。何かと世話になっている二人へ俺が返せる、数少ない恩なんだ。寧ろ進んで代わってやるべきだろう。
 いいように押し付けられた可能性を腹の底に沈めて鉄の後に続く。男二人で秋の空の下黙々と箒を動かすことが何だというんだ。地面に転がる枯葉なんて、すぐにでも片づけてやる。




 ――そう、俺は厚意で手伝っているつもりだったのだ。なのに。
 何で、文句を言われる羽目になっているのだろう。


***


「……よし。粗方綺麗になりましたし、この辺で区切りをつけましょうか。ご苦労様です、青さん」
「おう……」

 ちりとりに乗せた葉や枝をゴミ袋に突っ込んで、俺はがっくりと箒に体重を預けた。
 疲れた。正直、かなり疲れた。
 二人に増えたこともあって、時折悪戯を仕掛けてくる風にやきもきする以外作業自体は滞りなく進んだのだが、その間零される鉄の小言に、精神的疲労は二割増くらいだった。まったく、どうしてこう……いや、もういい。

「予定よりも時間がかかってしまいましたが、お陰様で広い範囲を掃除することが出来ました。これでしばらくは放っておいても大丈夫でしょう」
「……大変だな」

 手伝いが終わった直後なだけあって、素直にそんな感想が零れる。ただ葉を集めるだけの作業がこんなにも手間がかかるだなんて想像もしなかった。鉄と蘇芳は、こんな事を何度も繰り返していたのか。
 俺の言わんとしている事を察してか、鉄は「そうですね」と苦笑して、風に葉を揺らしている枝を見上げる。

「家の前の森と違って、ここは季節が移り変わりますからね。あとひと月もすれば、枝に残っている葉もすべて落ちてしまうでしょう」
「……何だか物寂しいな」

 それは、まるで命の終わりを見ている様で。
 勿論、俺たち同様ここにあるものは全て電子の情報でしかなく、「死ぬ」としたら情報そのものを消去される時に他ならない。樹も草花も「外」から得た情報を元に成長データを再現しているだけで、生きているとは言い難い――そのはずなんだ。
 だが、一枚、また一枚と葉を落としてゆく木を見上げると、冷たい水が滴り落ちる様な虚しさが胸の中に広がって、小さな棘を残す。覚めない眠りに落ちていくのを何も出来ずに見守っているような、どうしようもない無力感。
 けれど。

「そうでしょうか?」

 鉄の口元に浮かぶのは、淡い微笑みで。

「確かに、冬から受けるイメージは厳しさや寂しさといったものが主でしょうし、その点は否定しません。……でも、本当にそれだけなのでしょうか。例えば、葉を落とすことは『終わる』ことではなく、『生まれ変わる』ための準備期間なのだと考えたら? 剥き出しの身体を風に晒しながら、その胸の内には燃える様な命の原動力を秘めている。来る春に備えて、ほんの少しだけ休息をとっているのだと……そう考えると、なにも寂しいだけではないと思えるようになるでしょう」

 ごつごつとした木の幹をそっと撫でながら、愛おしげに眼を細める。そんな鉄の様子を言葉も発せずに眺めていると、訝しんでいるとでも思ったのか、彼はくすくすと空気を震わせながら振り向いた。

「馬鹿げた発想なのはわかっていますよ。ここにあるものが全て単なる情報で命なんてものはない事くらい、僕も蘇芳も理解している。その上で、自らの手で植物を育てているんです。……僕らは成長しない。半年経っても一年経っても、この姿形が変わることは無いでしょう。でも、この子たちは違う。季節が巡り、姿を変え、再び生まれ変わる。変わらない僕らの周りで変わっていく景色に、自分が『生きている』事を認識したい――要するにただの自己満足ですね」
「鉄……」
「けれど、そんな事をしている自分たちの事を結構いいもんだと思っているんですよ、僕は。望まれるがままにただ歌って体を動かしているだけじゃつまらないじゃないですか。理由はどうあれ、ここは僕らの世界なんですから。仕事はしっかりやってやるから、それ以外の場所では好き勝手させてくれってやつです。どうせ時間はたっぷりあるんですし、やったもん勝ちです」
「……そんなもんなのか?」
「そんなもんです」

 感傷に浸るようで、鉄は案外さっぱりした考えの持ち主だ。その点はうちの相方と似ているかもしれない。
 俺たちはどうなのだろう。好き勝手やっている事と言ったら、こうやって外を出歩くか、ライブ演奏くらいだろうか。
 こんな所でも音楽から離れられない自分(達)に甚だ呆れそうになったが、でもやっぱり、俺たちが「生きている」事を最も実感できるのは、楽器を演奏している時なんだ。そんなもんなんだろう。

「――さて。随分と脱線してしまったようですし、無駄話はこの辺にして準備に取り掛かるとしましょう」

 両手をパン、と鳴らして話を打ち切ると、藍鉄は縁側の前の開けた空間に移動して、何やら木の板や石で枠組みの様なものを作り始めた。
 何をしようとしているのが分からないだけに、俺に手伝えることは無い。鉄も特に何も言ってこないし……これでいいのだろうか?
 茫然と見つめる間にも作業は進み、ふぅ、と一息ついた鉄は庭の隅の方に向かうと――。

「よいしょ、と」
「――っ!?」

 せっかく集めたごみ袋の中の枯葉を、どざりと枠の内側にぶちまけやがった。
 蘇芳の突拍子もない行動はもう慣れたものだが、こいつもこいつでこちらの予想を上回る行動を取る特技を秘めていたらしい。
 これまでの苦労は何だったんだと抗議を申し立てたくなるくらいの暴挙に固唾を呑んでいると、彼はこんもりと山になった葉を枯れ枝で囲い――――何をしだすのか、懐から取り出したマッチを擦ってそれに火をつけた。
 この行動には、流石の俺も口を挟まざるを得ない。

「おい、何を――」
「焚火です。暖かいんですよ」

 しれっとした顔で笑う鉄の足元で、枯葉に移った火はじわじわと広がっていき、やがてパチパチと音を立てて火花を飛ばし始めた。
 オレンジ色の柱が昇る。
 風に煽られてゆらゆらと揺れる炎が、冷え切ってしまっていた身体に熱を与える。その暖かさは、よく晴れた日の陽だまりに似ているような気がして、目が離せない。
 勢いの落ち着いた炎に両手をかざしながら、鉄は溜息の様な笑いを零した。

「最初はいつも通り『ごみ箱』に転送するつもりだったんです。ですが、貴方と黒さんがいらっしゃったので、ちょっと楽しい事をやってみようかと思い至りまして」
「楽しい事? 焚火がか?」
「まあ、それも一つではありますが……さて、そろそろ来るころ合いかな」
「?」

 何かを含んだような顔で鉄が家の方を見遣る。と同時に、縁側の戸が勢いよく開いた。

「てっちゃーん! 準備できたよー!」
「こんなもんでいいかしら?」
「……ほら、噂をすれば」

 騒がしい声と共に出てきたのは、家の中で待っていたはずの蘇芳と黒だ。靴を履いて庭に降りる二人の両腕には何かが抱え込まれている。「準備」? いったい何のことなんだ。
 イマイチ状況の理解できていない俺を横切って、鉄は二人の傍に寄るとその手元を覗き込んだ。

「ありがとうございます、黒さん……蘇芳も。バッチリですよ」
「そう、よかった」
「てっちゃん、ここ置いといていい~?」
「ええ、お願いします」

 了承と共に、黒と蘇芳は腕の中の物体を焚火の手前に落とす。ドサドサと積み上がっていく銀色に光る大量の塊。大きさはまちまちだが、どれも大体手の平から少し飛び出すくらいの長細い物体のようだ。
 そのうちの一つを掴んだ鉄は、長い木の棒で燃え上がる枝葉を突くと、迷うことなくその中へと放り投げた。ぼうっと火花が散る。
 ひとつ、またひとつと炎に呑み込まれていく銀の塊。茫然とする俺とは対照的に蘇芳はわくわくとした表情で、黒は興味深そうな目でその様子を追っている。……ますますワケがわからない。三人の会話から察するに何かを打ち合わせていた風だし、ひょっとして、状況を理解していないのは俺だけなんじゃ……?

「……何が始まるんだ?」

 このまま置いてけぼりなのも癪なのでそっと蘇芳に問いかけると、彼女は眩しい位の笑顔で振り向いた。

「焼き芋大会だよ! 焚火で焼くとね、ふっくら美味しいの!」
「はぁ……」

 何でここでイモが出てくるのかわからなくて首をかしげると、積み上がった山を半分ほどに減らした鉄が補足を入れる。

「お芋を沢山いただいたので、せっかくだからみんなで食べようと二人にお願いしておいたんですよ。檸檬煮や大学芋も美味しいのですが、こうすると暖まることも出来ますし、一石二鳥です」
「てっちゃんと青ちゃんがお庭準備隊で、私と黒ちゃんはお芋準備隊ってことだね! 任務はバッチリ遂行したよ!」
「まあ、包むだけなんだけどね」
「助かりましたよ。手分けして準備を進められたおかげで、時間の短縮も出来ましたし――よっと」

 パチリと弾けた火花に鉄が慌てて身を避ける。なるほど、両手の指で数えられる位までに減ったこの塊は、どうやらアルミホイルで包んだサツマイモだったらしい。
 オーブンやトースターでの調理法もあるんだし、直火ならよく焼けるだろう。アルミのガードがあるから、黒こげになる心配もなさそうだ。……しかし。

「これはいくらなんでも作りすぎなんじゃないのか? 俺も黒もそんなに食わない方だから、絶対に余るぞ」

 炎の中に投げ込まれたイモの量を思い返して俺は思わず苦言を吐く。あんな腹に溜まりそうなもの、一度にいくつも食
えるわけがない。「食べ物を粗末にしてはいけません」だなんだと口うるさそうなこいつが率先して粗末にしそうな行動に走るだなんて、一体どういうつもりなんだ。

「だぁいじょうぶ! ほかのモジュールさんにも声をかけておいたから、そのうち集まると思うよ! えっとねぇ、時雨さんでしょー、紅葉さんでしょー、あと、闇ちゃんと陽炎ちゃんも!」
「まあ、それでも余ってしまったら、こちらからこのエリアのモジュールさんの所にお持ちすればいいだけですし」
「蝶華さんたちお芋喜んでくれるかなぁ? ラセツさんにもご挨拶したいし……あ、あと新しい子たちも!」

 うきうきと声を弾ませる蘇芳の姿に、なんだ、俺たちが全部消費する必要はなかったのかと知って、とりあえずはほっと肩を撫で下ろす。
 先の二人はともかく、ダークと陽炎はどうだろう。何となく来ない気もするが……まあ、その時はその時だ。

「さて。焼き上がるまで時間がありますし、お二人から戴いたお菓子でも食べてゆっくり待っていますか。……えーと、これでいいでしょうか?」
「私お茶入れてくるねー!」

 縁側に放置したままの紙袋から菓子箱を取り出す鉄と家の中に駆け戻っていく蘇芳を見送りながら、俺はそっと相方の傍に寄る。何となく、嫌な予感がした。

「……黒。あの箱に入っている菓子、何だったか覚えているか?」
「スイートポテト」
「…………イモ、だな」
「いいんじゃないの、別に」

 パチリと弾ける焚火を眺めながら、黒はとりわけ興味も無さげに呟く。なんだ、いいのか。ちょっと拍子抜けだ。
 秋を感じる菓子で喜んでもらうつもりだったのに思わぬところで被ってしまい、ドッキリが失敗に終わった様な残念感に何とも言えない気持ちになる。炎に燃やされている物体に若干の恨めしさを感じなかったわけではないが…………まあ、仕方がないか。イモに非はない。
 箱を開けてわぁ、と顔を綻ばせる友人と、急須と人数分の湯呑を盆にのせてパタパタと舞い戻って来たその相方。二人はこれも「イモ」だと知って、一体どんな反応を見せるだろうか。
 焚火に視線を戻して、俺はほうっと息を吐いた。
 あの二人ならきっと文句は言わないだろうし、なんだかんだ喜んで食べるのだろう。大きさ的にも丁度いいし、摘まんでイモが焼けるのを待ちながら、ここ一カ月ほどの出来事を話していればいい。
 まずは何から話そうか――何人かの顔を頭に思い浮かべた俺の目の前を、赤く染まった葉が一枚ふわりと舞って、炎の中に落ちた。
 パチリと飛んだ火花と辺りに漂う熱に身体がすっかり暖まっていた事に気付いて、ああ、これはなかなか悪くないな、なんて。そんなことを、ぼんやりと考えていた。


スポンサーサイト
web拍手 by FC2

作業中のお約束

後半戦!

comment iconコメント ( -0 )

コメントの投稿





trackback iconトラックバック ( -0 )

Trackback URL:

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。