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前回の更新から実に一年と二カ月。長編「ジニアを君に」レン君視点の最終話が、ようやく完成しました。(決して忘れていたわけでは……;)
古すぎて文章の拙さが目立つので、できればそっとしておきたいのですが、リンちゃん視点の本編と合わせて読んでいただくとより内容を理解できるかと思います。リメイク……いつかしたいですね(汗)

本編からお付き合いいただいていた方は本当にありがとうございましたm(__)m


ジニアを君にsideL 後

 
 久しぶりにお邪魔する「兄」の部屋は、相も変わらず海底色に染まっている。
 窓から吹き込む風に揺れるカーテンは、さながら魚の尾びれといったところだろうか。水中を漂うように、ゆったり、ひらひらとなびく。カーテンレールから外して自由にしてやったら、そのままどこかへと泳いで行ってしまいそうだ。ひらり、ひらり。ひらり――ひらり。

「……それで、結局どうだったの?」
「――――、おわっ!?」

 暗い海の奥底まで流されかけていた思考を呼び戻したのは、この部屋の主――カイト兄の声だ。同時に増した手の重みに身体が傾いて、そのまま倒れてしまわない様、オレは慌ててつま先に力を込める。

「何してんの?」
「……わりぃ、ちょっとトリップしてた」
「ふぅん……いいけど、くれぐれも本は落とさないでね、大事なものだから。で、どうなの。今の心境とか……」

 二回目の問いと共に、棚から抜いたばかりの本を上乗せされる。群青色の瞳に浮かぶのは――心配と好奇心、だろうか?
 普段から整理整頓の類はしっかりやっていそうなカイト兄がいきなりオレを呼び出して「本棚の整理を手伝って」なんて言い出すもんだから、何かおかしいなぁとは思ったのだけど。なるほど、「手伝い」なんてのはただの口実で、真のお目当てはコレだったか。
 思わず苦笑してしまいそうになるのを抑えて、オレはカイト兄に背を向けながら答えるべき言葉を選ぶ。

「そうだな……最悪の可能性をシミュレートしといたおかげで、思ったよかダメージが少ないって事に逆に驚いてるかな。勿論、杞憂に終わる可能性もちょっとは期待してたけど、それが叶わなくても仕方がないかなって……そんなとこ」

 ……本当は、ちょっとだけショックに感じることもあったのだけど。
 自分の口から零れた返答がさほど沈んでいないことに安堵しつつ、オレは「っこらせ」とカッコ悪い掛け声をあげながら、いい加減支えるのがつらくなってきた本の塔を部屋の隅に下ろした。うーん、もうちょい行けると思ったんだけどなぁ。やっぱ筋トレとかやるべきか?
 コキコキと肩を鳴らしてふぅ、と一息つくと、背中の辺りにじりじりと焦がすような視線。無視しようかと思ったけれど、困惑と呆れが混ざった様な空気が何となくくすぐったくて……くそ、仕方ないな。

「何だよ?」
「いや……随分と達観してるなぁって思って。君たちにとっちゃかなりハードな問題でしょ」
「そりゃ、散々悩んだからな。どっかの誰かが『もっと肩の力抜け』って言ってくるから、気がゆるんじまったんじゃないの?」

 わざとらしくおどけながら答えてみると、カイト兄は「ほほう、それはいいことじゃないか。その素晴らしい人に是非とも感謝しないとだねぇ」と口元を緩め、そのまま作業の続きへと戻っていった。その言い方があまりにも滑稽だったから、オレは堪え切れずにぷっと吹き出してしまった。話を聞いて同情されるのもなんだか癪だし、出来るだけ今まで通りでいてほしかったから、カイト兄のこういう空気が読める性格はすごくありがたい。
 そのまま暫くは本を出す作業を続け(数えたわけじゃないけど、全部で優に100冊は超えてるんじゃないだろうか)、棚の中をすっかり空っぽにしてしまうと、今度は中に溜まった埃の掃除へと移る。
 カイト兄は何処からかはたきを持ってきてたみたいで、それじゃあオレは水拭きでもするかと、風呂場に雑巾を取りに行こうとしたのだけど。

「ああ、レンは暫く休憩でいいよ。その辺で適当に座って待ってて」
「はぁ……」

 ドアに向かっていた足は、カイト兄の一言によって中途半端に行き場を失くしてしまった。
 話すだけなら手を動かしながらでも出来るし、折角だから掃除の続きをやってもよかったのだけど、カイト兄はオレから話を聞ければ何でもいいみたいだ。まぁ、オレ自身無理にでも手伝いを続行するほど掃除好きってわけじゃないし……ここは、お言葉に甘えさせてもらうとするか。
 座り込んだ床は、カーペット越しとはいえ吹き込む風ですっかり冷たくなっていた。「外」の季節は確か秋と冬の間になっているはずだけど、部屋の色のせいで体感温度は2℃くらい下がっているんじゃないだろうか。
 初めてこの部屋に上がり込んだのはまだ冷たいものが恋しい季節だったから、あれから結構時間が経ってるんだなぁ、なんて考えつつ、オレは指揮棒みたいにはたきを振っているカイト兄の姿をぼんやりと見上げていた。
 トントントン、と規則的な音が軽やかに響き、衝撃で舞った小さな塵が、陽の光を反射してキラキラと輝いている。掃除に集中しているのか、今のカイト兄の眼中にオレの姿は入っていないらしい。…………ああ、暇だ。
 せめてもの退屈しのぎにと、傍に積まれていた本を一冊手に取って何となしに捲ってみる。昔の海外小説だろうか? 時折目に入る主人公らしき人物の名前は、どこかで目にしたことがある様な気もする。何か面白そうなことでも書いていないかなぁという淡い期待を抱いてざっとページを流してみたけれど、残念ながらちっとも興味を惹かれない。難しそうな内容と固い文体に早々に音を上げた俺は、軽くため息を吐くと、無言で本を元の位置に戻した。
 

 オレとリンの関係が知らされてからは、既に丸一日が経っている。
 ……いや、知らされた、なんて生易しいもんじゃないか。いつまでも逃げようとするリンに痺れを切らせて、オレが無理矢理マスターから聞き出したんだ。
 話してくれるのを待つのも、知らないふりを続けるのも嫌だった。オレはもうリンとの関係に何の疑問も抱かなかったあの頃には戻れないし、これ以上、歯の隙間に何かが引っ掛かっているような気持ち悪さが続くのも勘弁してほしかった。
 それだけじゃない。オレ達がこんな事になっている原因をマスターが知っていて、その上わざわざ隠しているのだとしたら。オレは、その理由もちゃんと知りたいと思っていた。
 オレ達は自分の意志でマスターを選ぶことも、ましてや逃げることも出来ない。なら……これから先もマスターの元で歌い続けるのであれば、マスターに対する不信感も、ちゃんとスッキリさせておきたかったんだ。自分へのけじめの為にも。
 その結果リンに辛い思いを強いることになるとしても、これだけは譲れなかった。カイト兄が言ってくれた通りオレもこの家の一員なんだ。このくらい我儘言ったって構わないだろ?
 マスターの口から淡々と語られる真実を前に青ざめるリン。そんな彼女の横顔を眺めながら、オレは。
 ……オレは、心のどこかで安心すら感じていたのかもしれない。ああ、もうこれ以上正体のわからない不安に押しつぶされることも無いんだって。オレとリンの間に「鏡音」としての繋がりがないことも、オレが元々この家のボーカロイドではなかったことも、それと比べたらどうってことなかった。寧ろ予想していた通り過ぎて拍子抜けしたほどだ。
 ――――ただ、あの時のリンの反応は。「『自分の本当の相方』に会わせてほしい」と答えたリンの言葉だけは、胸の奥に刺さって今も鈍く痛んでいる。……それだけが、ショックだった。
 マスターから聞いたこの話は、結局カイト兄だけに報告した。オレもまだ頭の中がごちゃごちゃだったし、事情を知らないミク姉にまでちゃんと説明できる自信がなかったんだ。ミク姉には、リンの事を見ていて欲しかったし。
 最低限の情報を憶測も含めて伝えると、カイト兄はいつかみたいにオレの頭をぽんと叩いて「とりあえずお疲れ様」と言って笑った。そうされてようやく、肩の荷が一つ降りた気がしたんだ。……実際の問題は、まだまだ山積みだけど。

  
「――にしても、『実験』ねぇ……。ニンゲン様の考えることってよくわからないけど、こちとらいい迷惑だよね。いくら相手がマスターでもさ」

 掃除はある程度終わったのか、コートに付いた埃を手で掃いながら近付いて来たカイト兄が、隣にどさりと腰を下ろして呆れた様に肩を竦めた。
 咄嗟のフォローも出来なくて、オレは曖昧に笑い返す。マスターの口から実際に「実験」という言葉が発せられたわけじゃなく、一言でまとめるとつまりそういう事なんだろうなってことでオレが勝手にそう説明したのだけど……こうやって聞くとなかなかに棘のある表現だ。いや、単にカイト兄の言い方がトゲトゲしているだけかもしれないけど。

 鏡音リンと鏡音レンの間には、他のVOCALOIDとは異なる特別な繋がりがある――……
 半ば都市伝説の様なそのウワサにどれだけの信憑性があって、且つ、「対」であることがオレ達の歌にどれだけの影響を及ぼすのか。マスターが知りたかったのは、そんな所だったらしい。
 一足早く「オレ達」を手に入れたマスターは、DTMを始めようとしていた友人に声をかけて、一つの実験を試みた。二組の鏡音の組み合わせをあべこべにする事――即ち、オレと、リンの本当の片割れのレンを入れ替えることだ。
 大量生産品である「オレ達」の片方を入れ替えたとしても、初期機能的な誤差は普通考えられない。ある家の「鏡音レン」と別の家の「鏡音レン」が持つ差異は、結局のところ使用しているマスターの趣味嗜好が一番の要因で、同じ人物が使うのであれば、元々のパッケージが何であっても関係ないだろうと。そんな風に思われていた。
 本当にそうなのだろうか。
 例えば、性格。ソフトウェアとしてのクセ。遺伝子的な情報は同じでも異なる趣味を示す一卵性双生児の様に、含んでいる情報は全く同じでも、「オレ」と「その他大勢の鏡音」は全く別ものなんじゃないかと……マスターはそんな風に考えていたらしい。
 別もの同士を掛け合わせれば、誤作動とまではいかなくても、何らかの齟齬が生まれてもおかしくない。加えてあの噂だ。「鏡音」は、マスターの好奇心を刺激するには十分すぎる素材だったんだろう。……ありがたいのかどうかは、よくわからないけど。
 巻き込まれることになったオレ達は――少なくともオレ自身は、自分に降りかかってくる状況についていくだけで精いっぱいで、マスターに対してあれこれ感じている余裕なんて正直なかった。けど、カイト兄からしたら色々と思うところがあるらしい。自分で口にしておきながら、オレとリンが受けた行為を「実験」と呼んだカイト兄の顔は、何だか苦虫でも噛みつぶしたみたいに引き攣っている。

「使ってもらっている分際で偉そうなことは言えないけどさ、なんかちょっと納得いかないというか、やるせないよね。ご丁寧に感情と思考能力まで備えてもらっても、彼らにとって僕たちは結局ただの道具でしかないんだなーって。そういうのを思い知らされるよ」
「まーな。でも、悪気があったわけじゃないみたいだし。やり口はちょっと荒っぽいけど、結局は『オレ達』への興味が行き過ぎた結果だろ? レッスンの時とか真剣に指導してくれてたし、ただの遊びや気まぐれってわけじゃないんだとオレは思うよ」

 本心では何を考えていたのかわからないけれど、オレを指導するマスターは確かに優しかったし、真摯だった。それを知っているからこそ、単純に憎んだりも出来なくて……。
 オレ達がうまくいかないのをただ笑うだけだったら、黙っているメリットなんて無いし、もっと早くにバラしてこっちの反応を楽しんでいたと思う。だけど、マスターはそうしなかった。オレ達の様子を窺いながら、明確な結果が表れるのを待ち続けた。そこには悪意なんて微塵も無かったのだろう。
 んん、と軽く伸びをして両足を前に投げ出すと、隣からの視線はまたしても呆れの色が混じっていて……あれ、オレってそんな変なこと言ってるか?

「何だよ」
「……レンってさ、ほんと聞き分け良すぎるよね。ていうか純粋?」
「はぁ?」
「リンみたいにわかりやすく沈んでくれた方がまだ対応しやすいんだけどなぁ。何か調子狂うよ」
「べ、別にいいだろ、そういう性格なんだから」

 馬鹿にされてるみたいな言われ様にむっと口を尖らせると、カイト兄は吹き出すように笑う。

「いやいや、良い子で結構。君までどん底だったら、ミクが何しでかしたかわかったもんじゃないし」
「そうなのか?」
「あの子は大人しくてしっかりしているように見えるけど、実は怒るとかなーり怖いんだよ。あのマスターも、激怒したミクには敵わない」
「……へぇ」

 よくない事でも思い出したのか、カイト兄の笑顔はどこか引き攣っている。なんかすごく意外だ。ミク姉は優しくてしっかり者で、オレの事をよくからかってくるお茶目な面も持っている、基本的に怒らない人ってイメージだったから。
 ……ああ、でも、カイト兄のいう事もある意味もっともかもしれない。数時間前、オレとリンに関する話を耳にして「信じられない!」とでも言いたげに肩を震わせていた彼女の姿は、コップいっぱいに注がれた水が淵の辺りにしがみ付いている様な、静かな緊張感を湛えていた気がする。
 本気で怒るとどうなるのか訊きたいような気もしたけど……今は、止めておいた方がいいのかもしれない。カイト兄の方も、この話は終わりとでも言いたげにコホンと一回咳をした。

「で、いつだっけ? リンと向こうのレン君の感動の再会は」
「……明日。今朝マスターんとこに連絡入ってたんだってさ」
「これまた急な話だよねぇ……ぶっちゃけ、返答来るのにもうちょい時間かかると思ってたんだけど」
「オレも……」

 マスター曰く、あっちのリンとレンは自分たちが異なる鏡音同士だって事を前から知っていたみたいだし、オレ達ほど悩んだりはしないのかもしれない。それは分かる。けど、実質半日で回答って早すぎやしないか?
 こういう表現はあんま好きじゃないけど、元カノに「会いたい」ってせがまれてる様なもんだろ。向こうのレンも、少しは戸惑ったり考え込んだりするべきじゃないのか? オレなら迷うぞ。
 しかも―――…

「しかも、キミまでご使命とは、流石に予想外中の予想外だったよ。向こうのリンちゃんも、案外レンに会いたがってるのかもしれないよ?」

 次々と進んでいく展開にオレを案じる――というより、どこか楽しんでいる様子のカイト兄。そう、どういうわけか、二人の再会の場にオレまで呼び出されしまったのだ。
 指名してきたのはカイト兄の言う通りオレの元相方のリンだし、そんな風に考えるのが自然だとは思う。ただ……。

「なんか、そういうわけでもなさそうなんだよね……」
「と言うと?」
「……向こうの鏡音リンが会いたがってんのは、オレより寧ろリンの方みたいなんだよなぁ」

 やっとのことで吐き出した回答に、カイト兄はぱちくりと瞬きをして「それはまた……」と凄く微妙そうな顔を見せた。オレの方も、ただ苦笑を返すしかない。

 オレ以外誰も知らないのだけど、実はあの後――リンの意志を聞いたマスターが「友人に掛け合ってみる」と通信を切ってから数時間後、オレの元に一通のメッセージが届いていた。
 差出人の名義は「鏡音リン」。
 あんなことがあったばかりだし、(メール越しとはいえ)リンがオレと話したがるとはちょっと考えられない。となると、いきなりオレにコンタクトを取ってくる「リン」なんて心当たりは一つしかなくて。
 目の前に浮かぶ封筒状のデータファイルを五秒ほど眺めてぐっと唇を引き結ぶと、オレは迷わずそのメールに手を伸ばした。先方がどんな反応をしてくるのか気になっていたし、それ以上に、初めて触れる自分の「相方」の面影に心が弾んだんだ。
 ……なのに。

『初めまして……で、いいのかしら。貴方とペアだったリンよ。
この度はうちのバカマスターが軽い考えで下らない誘いに乗ったせいで、色々と迷惑かけたわね。元相方として謝っておくわ、ごめんなさい。
多少揉めたりもあったけど、アタシの方はなんとかやっているわ。こっちのレンが能天気なおかげで、神経質になる方が馬鹿らしくなっちゃった。
貴方達はまだ大変そうだけど……まあ、そのうち慣れるわよ。余計なお世話かもしれないけど、うまくいく様応援しておく。
さて、前置きはこの辺にして……
アポの件、レンは了承してたわ。アタシの方も異論はないし、お互い都合のいい日程で、ってとこね。
ただし、ひとつだけ条件があるの。レン、貴方も一緒に来なさい。アタシも行くから。
相方同士が顔を合わせているのにアタシ達は家で留守番、なんておかしいでしょ? お互い避けているわけでもないんだし、ついでだから一緒に会うのも悪くないと思うの。
それに、そっちのリンとも話してみたいし。
貴方の所と違ってうちはアタシ達以外に居ないし、余所との合作もないから、レン以外のVOCALOIDと話すなんて滅多にないチャンスなのよ。自分以外の「鏡音リン」にも興味があるしね。あ、その間うちのレン貸しておくから、そっちはそっちで好きな様に過ごしといて。のほほんとしてるけど、会話はまともにできるから多分困らないわ。
とりあえず今回はこんなところね。日程の調整はお互いのマスターを通じて改めて、ってことで。良い返事を待っているわ』

「――何だよ、これ……」

 淡々とした、且つこっちの要望は一切聞き入れる気のなさそうな文面に、オレはそれ以上言葉を発することが出来なかった。ていうかこれがオレのリン!? 何だよ、この上から目線は!
 腹立たしさと悔しさを足して二で割った様な何とも言い難い感情がふつふつと湧いてくる。勝手な話だが、どうやらオレは、彼女がリンの様に自分を気にしてくれていると心のどこかで期待していたらしいのだ。
 気にするどころか「ついで」扱い。しかも、これじゃあオレよりもリンと話す方が楽しみみたいで……なんだよ、オレって行く意味あるのか? ぎっしりと並ぶ文字を前に落胆を隠せなかったのは、ここだけの話だ。
 とりあえず、自分の元相方は少々気の強そうなクール系のリンらしい、ということは何となくわかった。
 不満も含めてすぐにでも返信してやりたかったけど、これはいわば非公式の回答だし、向こうの要求に対してオレが勝手に首を縦に振ってもいいのかとふと疑問に思って。
 どっちにしろ、オレが一緒に行かなきゃ向こうは会ってくれないみたいだし、リンにはちゃんと事情を説明しないと。うまく回らない頭でそう完結すると、オレはメールを畳んで布団に入り込んだ。一日の内に色々なことが起こりすぎて、ちょっと考える時間が欲しかったんだ。
 ……結局、起きて数時間でマスターからほとんど同じ内容の話を伝え聞くことになるのだけど。


「――まぁ、リンは複雑そうな顔していたけど、結果相方君と会えることには変わりないんだし、レンも『自分のリン』が全く気にならなかったわけじゃないんでしょ? 良かったじゃない」
「んー、そうなんだけどさ……」
 マスターに伝えられた「会うための条件」にリンが戸惑うのは予想の範囲内だから、それはいい。問題は寧ろオレの方だ。

 この件に関してオレは完全傍観者のつもりだったから、いきなり引きずり出されても心の準備なんてこれっぽっちも出来ていない。
 自分の元相方と言っても、あのメールとネットに浮かんでいる彼女たちの動画以外に情報は無いんだし、会ったところで一体何を話せばいいっていうんだ。しかも、彼女がリンと話している間、オレは向こうのレンと一緒にいなきゃならないわけで……それこそ気まずいだろ。
 先の事を考えると少し気が重くなって、答える声も自然と沈む。でもカイト兄は違う風に解釈していたようで、「何だい、この期に及んでまだ『リンに捨てられるかも! 怖い!』とか思ってるの?」とからかうように首を傾げた。

「そんなんじゃねーよ……ただ、会って何話そうとか、その先どうするかとか全然想像つかなくて、参っちゃうなって」
「ふーん……ま、なる様になるんじゃないの? わざわざ話すことを決めてく必要もないし、顔見たら自然と浮かんでくるでしょ。それに、相方君と再会したらリンも色々吹っ切れて、一石二鳥かもしれないし」
「んな簡単に……」
「どうなるかわからないからこそ簡単に考えとくもんだよ。悩んだって何かが変わるわけじゃないし。それに、キミ達は悪い方への想像力だけは随分と豊かみたいだしね。ここらでプラス方面への思考チェンジをしておくべきなんじゃないかな?」
「…………努力する」

 難題を突き付けられたみたいに顔を顰めると、カイト兄は堪え切れずにクスクスと笑いだす。オレよりもずっと低くて優しい音のリズムが心地よくて、でもそれを悟られるのが恥ずかしかったから、機嫌が悪くなった振りをしながら窓の方に顔を背けた。
 ひらり――――群青色のカーテンが風に揺れる。
 波に揉まれる小舟の様な気分だった。流されて、流されて、どこに向かっているかもわからない。辿り着いた場所で、オレはどうしている? どうすればいい? 問いかけすらも波に溶けて、ただ、微かな不安だけを抱いて流れに身を任せていた。
 そんな、自分の座標すらもわからない様な状態で、楽観的な考えなんてもんは到底できなかったけど。
 
 ……けれど、少なくとも今のオレなら――――。




***



『二人とも、準備はいいかい?』
「うん……」
「いつでも」
『そう。じゃあまずはリンからいくよ』

 マスターの言葉を合図に、空間に微かな振動が走る。低く響くような音、同時に虹色の光がリンを包み、一際強く輝いたと思った瞬間。オレと同じくらいの質量を持ったその身体は、弾ける様にどこかへと飛んでいった。

『――無事転送完了。さあ、次はレンの番だよ』
「おう」

 名前を呼ばれた瞬間、身体に走った緊張を沈める様に、ごくりと唾を飲み込む。それから、一歩前へ。カタカタと響く振動は、マスターが転送先を入力している音だろう。

「……レン君、本当に大丈夫?」
「ヘーキだって、ちょっと出かけてくるだけなんだし」

 見送りに来ていたミク姉の心配そうな顔に苦笑すると、オレはなるべく明るく聞こえる様に声のトーンを上げて答えた。
 ……正直、ミク姉には申し訳なかったな、とちょとだけ反省している。
 オレがカイト兄に悩みを相談していた半面、リンは結局最後まで誰も頼らなかったから、結果的にミク姉がオレ達の問題を知るのは「片割れ」たちとの顔合わせの直前になってしまった。
 マスターから伝えられた「オレ達の関係」と「これからの予定」に吃驚したのは勿論だけど、その件に関して自分だけ何も知らされていなかったのが不満で、カイト兄には随分と愚痴をこぼしていたらしい。……のけ者にするつもりは無かったんだけどな。
 事をあまり大きくしたくなかったから、マスターから本当のことを訊き出すまでは、カイト兄以外にあの事を話すつもりは無かった。
 けれど、もしあの時、オレがミク姉にも相談していたら。ミク姉に、リンの事を頼んでいたら――。リンは、あんな風に思い悩まずに済んだのかもしれない。今更こんなこと考えたって、仕方がないのだけど。

 ヴゥゥン―――…

 低く唸るような音が足元から響いて、辺りに光が満ちていく。どうやらオレの転送の準備も整ったようだ。

「レン君!」

 身体が軋む感覚とますます大きくなっていく音に目を閉じようとするオレを、ミク姉が呼び止める。

「……帰って、くるよね?」

 囁くように問いかける声は、不安げに揺れていて。眩しいほどの光の向こう側に浮かぶミク姉の顔は、泣き出しそうにも見えた。

「……当たり前だろ!」

 響いてくる音に負けない様声を張り上げると、ミク姉は安心した様にふわりと笑う。
 ――――大丈夫。
 これから向かう先でどんなことが起こったとしても、オレの居場所はちゃんと「ここ」にある。それが分かっているだけで十分だ。あとは、きっとなる様になるさ。……そうだろ、カイト兄?
 問うように視線を向けると、カイト兄は勿論、とでもいう様に小さく頷いた。うん、大丈夫だ。自分を奮い立たせるように、またここに帰って来れるように、二人に向かって呟く。

「行ってきます」


 ――刹那、身体がぐっと引き伸ばされた。
 耳元を轟音が駆け抜けて、光に包まれたオレの身体は、指定されたポイントを目指して一直線に飛んでいく。
 閉じていた眼を薄らと開けると、遠くの方に見慣れたセーラー服の後ろ姿が見えた。どうやら「片割れ」たちはまだ来ていないらしい。
 ……なあ、リン。リンはこれからどうしたい? 片割れに会ったら、やっぱりそいつと歌いたい?
 オレは――――オレは、それでもリンと歌い続けたいって思うよ。カイト兄とミク姉のいるあの家で、マスターの作った歌を、リンと一緒に歌いたい。だって、オレにとって「鏡音リン」は、リンが初めてなんだから。
 トン、とつま先が地面に触れると同時に、身体を包んでいた光が剥がれていく。
 振り向いたリンの表情は、やっぱりまだ固くて。……でも。
 今は、それでもいいと思った。
 やること全部済ませたら、オレの気持ちをちゃんとリンに伝えよう。そして、リンの気持ちも。リンが出した決断も、ちゃんと受け止めよう。


 そこには不安が付きまとって、楽観的に考えることは出来ないけれど。
 ……けれど、自分がどうありたいかを思い描けるようになった今のオレなら、流れ着いた先で何が起きても、ちゃんと元の場所に戻って来られるはずだ。



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最近のお話の解説とか その1

作業中のお約束

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