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鏡音の誕生日にどうしても何かをやりたくて書き始めたものの、結局書き終わらなくて、気が付いたら大晦日……。
何とか年内に間に合いました。気になる点は後でこっそり直しておきます。

リンちゃん、レンくん、6歳のお誕生日おめでとう!大好きだよ!!


スペシャルソングを君に

 知り合いの勧めで数年前から流行り出したボーカル・アンドロイド、その名も『ボーカロイド(まんますぎだろ!)』を買ったのは、今から一年前の話だ。
 学生時代に多少なりとも音楽をかじっていたから、この「自分で作った音楽に合わせて歌ってくれる」という性能はなかなか興味深かったし、彼女も兄弟もいない28歳独身一人暮らしの虚しさを紛らわすには丁度良いと思ったのが最初のきっかけ。
 初期モデル発売から10年近く経っているだけあって声や見た目のバリエーションはよりどりみどりだけど、ぶっちゃけ「誰」がいい、みたいなこだわりは全くなかったから、当時キャラクターとしての誕生日が近いとかで安売りをしていた『鏡音リン・レン』を選んだ。
 いきなり「女の子と二人きりドキドキ生活」なんてのはちょっと免疫ないし(言うまでもないが男は論外だ)、なるたけ賑やかな方が楽しく過ごせそうじゃん。そう考えると「設定年齢14歳の男女二人組」は歳の離れた兄弟みたいで抵抗がなかったし、動画とか見ると「素直でちょっぴり甘えたな少女」と「小生意気だけどどこか憎めない少年」って感じでなんか可愛かったし(念のために言っておくがオレはロリコンでもショタコンでもない!)、何より、ほぼ同じ値段で二体も手に入るなんてお得だ。かなりお得だ。ここ一番重要。
 そんなこんなで、奇しくも彼らの「誕生日」と同じ12月27日、7畳リビング兼寝室プラス防音仕様の個室を備えたこのアパートに、新たな「家族」がやってきた。
 ネット情報によると、ボーカロイドとの生活は動物のペット同様、まずコミュニケーションをとれるようになるまでが大変らしいけど、知り合い談では「すぐに慣れる」とのこと。初心者のくせしていきなり二体の面倒を見るなんて骨が折れそうだけど、その時のオレはこいつらとの生活に期待を膨らませていたし、なにより、こんなかわいい顔した奴らにだったらどんなワガママいわれたって許せる気がしてたんだ。
 その幻想は、ほんの一週間ほどで呆気なく崩れ去った。
 どんな我儘だって許せる? 冗談じゃない。
 こいつらは、俺の想像をはるかに超えるほどの超絶問題児だったのだ。


***


 固く閉ざされた扉の向こう側は、不気味なほどに静けさを湛えている。
 内側から鍵を掛けたらしく、ドアノブを押すとガチャガチャと硬い感触が返ってきて、それが一層、中の人物の固い意志を反映している様だった。
 ニス塗りの茶色い扉をじっと睨みながら、指の第二関節を使って軽く音を鳴らす。

「……リン、いい加減開けろよ」
「……」
「念のために言っておくが、ここはオレの家だ。よってこの部屋の鍵もオレが管理している。そっちが折れる気がないのなら、強制的にあけさせてもらうぞ」
「や、マスターのえっち! ヘンタイ!!」
「なぁーにが『えっち』だ! ここは防音室! オレの作業場! 心のオアシス! だからお前が好き勝手やっていい場所じゃないの! わかったら今すぐ開けなさい!!」
「い、や!!」

 防音扉越しですらキンと響く様な声で叫ぶと、リンは再び口を閉ざして扉の奥へとたてこもってしまった。……ほほう、良い度胸してるじゃねーか。

「……おい。アレお前のツレだろ? お前何とかしろよ」

 ため息交じりに背後を振り返り、半ば八つ当たりの様に問いかけると、ソファーの上で楽譜を捲っていた少年――レンは、チラリと俺の方を一瞥して。

「……単にセットで扱われているだけであって、僕は僕、リンはリンですから。僕の責任が及ぶ範囲じゃありません」

 そんな可愛げの欠片も無い様な事をのたまうと、さっさと紙に視線を落としてしまった。なるほど、面倒くさいから巻き込むなってことね。ちくしょう、覚えとけよ。

 あの日この家にやってきたのは、素直で甘えたな少女でも、小生意気だけど憎めない少年でもなかった。
 起動させて日々を共に過ごすにつれ、オレは「可愛い妹と弟に歌を教えて楽しく過ごす」というハッピーライフ計画の実現が困難であることを悟る。何かと機嫌を損ねやすいワガママ少女と、冷めに冷めまくった不愛想少年――――それが、家にやって来た「鏡音リン・レン」の本性だったのだ。
 まぁ、曲を渡せば普通に歌ってくれるし、こっちの指導もちゃんと理解して直してくる。その辺は流石、有名テクノロジー企業イチオシの商品だけあるなぁと感心するし、ひと月分の給料を丸々つぎ込んだ甲斐は十二分にあった。言うこと聞かない妹弟ってのもなんかリアルだし、これはこれで楽しんでいたりする。流石に「お兄ちゃん」とまでは呼ばせていないけど、きょうだいってこんな感じなんだなって感動した位だ。
 ……だが、度を越したワガママまであっさりと許せるほど、オレは懐の広い人間じゃない。
 今みたいにリンがへそを曲げることはこれまでも何度かあったけど、大体が自分に気に入らないことがあったのが原因。しかもほんっとにしょうもねーの!
 言うこと聞かないガキんちょをしつけるのは大人の役目ってことで、毎回みっちりと説教してやってるのに、リンの方に懲りた様子が見られないのだから困ったもんだ。レンはレンで大体我関せずだし……オレ、いったい何時になったら作業できるんだ?

「あのさぁ、何をそんな怒ってるわけ? 昨日は普通に楽しく練習してたじゃん。何か気に障るようなこと言った?」

 なるべく優しく聞こえる様に声のトーンを和らげる。押してダメなら引いてみる――これは、この一年間リンとの駆け引きを重ねて学んだ、本心引き出し術なのだ。
 扉の向こう側は暫くの間こっちを窺うようにしんと静まっていたけれど、やがて根負けした様に空気が震える気配がした。

「……おかしい」
「はァ?」

 ぼそぼそと絞り出されたような声に、思わずドアに耳を押し付ける。なんだよ、文句があるならはっきり言えっての。
 すると、まさにその瞬間を狙っていたとばかりにすぅ、と息を吸い込む間があって。

「誕生日なのにお仕事しなきゃいけないのは、絶対におかしいと思います! 以上!!」

 右側の耳から左へと一直線に突き抜ける声の槍に、頭の中で不協和音がキ――――ンと響いた。んにゃろドア越しに叫びやがったな! ご近所からクレーム来たらどーすんだ、マジで追い出すぞ!
 でも、うん、なるほど……そういう事ね。

「……リン、ドア開けるから」

 引き出しから鍵を取り出すと、ギャーギャー騒ぐ中の奴には構わず穴に差し込む。せめてもの抵抗にとリンが向こう側からつまみを抑えられているらしく、暫くの間力比べが続いたけど、機械といえどここは子供。力の緩んだ一瞬のスキを捕らえて思い切り鍵を捻ると、有無を言わさず扉を開け放った。よっしゃぁ、オレの勝利!
 一方、バタバタと逃げ出した黄色い頭は、部屋の隅、ギターアンプの後ろに隠れると(いや、全然隠れてないから!)、こちらに背を向けて体育座りをしてしまった。……完全にへそ曲げモード。
 ったく、しょーがねぇな。溜息を吐くと、オレはリンの隣に並んで、よっこらせと腰を下ろす。その瞬間ふいっとそっぽを向かれたけど、まぁ、これはいつもの事だ。

「……よーするに、今度の新曲が自分らの誕生日合わせなのが気に入らんと……そういうこと?」
「…………だって、誕生日だもん。誕生日はいっぱい遊んで、お祝いとかしてもらいたいもん」
「あんなぁ~……、こちとら誕生日だろうとクリスマスだろうと関係なく働いてんだぞ。『記念日は仕事したくないでござる』なんて屁理屈通用しねぇっての!」
「リンたち人間じゃないもん!」
「人間みたいにメシ食って寝てる奴が何言ってんだよ! だいたい、この曲は一応オレからお前らへの誕生日プレゼントなんだぞ。お前らボカロなんだから、曲貰ったら嬉しいんじゃねーの?」
「うっ……うれしい、けどっ! でも、歌うのは結局リンたちじゃん! なんならマスターがお祝いに歌ってよ!」
「残念。オレ楽器の演奏は好きだけど、歌の方はからっきしなんだよね。それとも何? この曲別の家のボカロに歌ってもらって、それプレゼントしてやったらいいのか?」
「そんなのいや! 気持ちがこもってない!」
「ほんっと我儘だなお前!!」

 ハムスターよろしくほっぺをぷくりと膨らませたリンは、これでもかって位不満そうな顔でオレを睨み付けてくる。最初はこんな所も可愛いとか思ってたけど、甘やかすとすぐ調子に乗るから、叱るべきところは叱っておかないと。
 とはいえ……リンのいう事も、わからなくはないんだよなぁ。
 彼女たち『ボーカロイド』を扱うユーザーの間には、ちょっと不思議な習慣がある。いわゆる「誕生祭」――ボカロの誕生日(大体が発売日と同義だ)に動画を投稿して、みんなで盛大に祝うというものだ。
 誰もが口々に「おめでとう!」と叫んではいるが、実際に投稿される動画は当の本人に歌わせたものが大半。っても、最先端の技術を駆使して開発された歌唱アンドロイドをそん所そこらの学生が手軽に買えるはずも無く、殆どが「声」のみを商品化した廉価版なのだが……どうもリンは、この風習が気に入らないらしいのだ。
 まぁ、確かにこういうのってユーザー側の自己満みたいなもんだし、本当に祝いたいんだったらデータなんかじゃなく現物で示す方が格段に喜ばれるだろう。特にこいつらの場合設定が14歳だし、自分と同じ顔、同じ声の動画で「おめでとう」なんて一纏めにされたって嬉しくはないのかもしれない。
 でも、ここにだってちゃんと祝う気持ちが――こいつらが「生まれた」ことへの感謝の気持ちがあるんだってことを、一緒に作品を完成させることでその気持ちを形にしてんだってことを……わかってくんねぇかなぁ~。
 さーて、どうしたものかと頭を掻きむしってると、今の今まで口を出すそぶりも見せなかったレンが、ひょっこりと部屋の中に入ってきた。

「……リン、あんまマスター困らせるなよ。仕事は仕事、ちゃんと生活させてもらってるんだから、そこは誠意で応えないと」

 おおっ、なかなか嬉しい事言ってくれるじゃねーの。
 レンはオレ達の言い合いに基本口を挟まないけれど、気まぐれにこうやってどちらかの見方をすることがあるのだ。今回はオレの方に共感したってことらしい。
 まぁ、当然リンは納得いかないわな。扉の方を振り向いて思い切り立ち上がると、すぐさま戦闘態勢へと入った。

「レンはこれでいいの!?」
「僕は別に。曲貰ったの嬉しいし、歌うの好きだし」
「でっ、でも、誕生日なんだよ! リンたちが自分で歌ったって、お祝い要素は何処にもないんだよ!?」
「動画上がったらいろんな人が『おめでとう』って言ってくれるよ」
「それじゃあ言ってもらうためにやってるみたいじゃん!」
「でもリンはお祝いしてもらいたいんだよね?」
「うっ……」
「それとも何、リンは黙っていれば誰かがお祝いしに来てくれると思ってるの? そうやって『おめでとう』って言ってもらえたら満足するの?」
「そ、そこまでは言ってな」
「じゃあ歌えるよね、マスターの曲」
「……っ」

 お見事。
 レンはリンと違って直感でものを言ったりしないから、口論になったら大抵リンが言いくるめられる。正論が服着て歩いているようなもんだな。敵には回したくないタイプだ。
 ほほう、と感心しながら二人の様子を眺めていると、リンはレンの事をぎろりと睨んで、そのまま悔しそうに唇を噛みしめる。そして。


「……別に、マスターの曲なんかいつでも歌えるんだから、誕生日じゃなくたっていいじゃん」


 それはきっと負け惜しみに近い言葉で、本心からそう思っているわけじゃないのだろう。
 けれど、こいつらに少しでも喜んでもらいたくて曲を作っていたオレとしては、その言葉は聞き捨てならなくて。

「……わかった。今回の曲はレンだけに歌ってもらう。せっかくの誕生日に仕事させんのも悪いしな。リンは一人でゆっくりしてな」
「え……」
「ほら、そうと決まったら曲の編集し直さないと。レン、今から打ち合わせな」
「……わかりました」
「リンは用無しだからこの部屋から出ていく事」
「で、でも!」
「出・て・い・き・な・さ・い」
「………………はい」

 しゅんと垂れ下がった頭の上のリボンにちょっと言い過ぎたかな、と反省したけれど、ここは引き留めるべきじゃない。
 とぼとぼと歩くその背中は扉の前で一瞬だけこちらを振り向いたけれど、諦めた様に、静かにリビングへと消えていった。
 ……ったく、なんて世話の焼ける。


***


 レンと二人きりのレッスンは、意外にもあっさりと進んだ。
 譜読みの方はリンが拗ねている間にもあらかた進めておいてくれたみたいだし、デモ音源も聴きこんでる。うん、優秀。
 リンのパートをレンに振り替えて、コーラスをちょっと変えて、編集作業の方はほぼ完了。レンは呑み込みが早いし、2~3日練習すればすぐに収録へと移れるだろう。これなら誕生祭にも間に合いそうだ。
 へそ曲げ娘の方といえば、時々もの言いたげにこちらを見上げてくるけれど、肝心の「ごめんなさい」が無いから暫くは放っておくことにした。オレも当面は曲製作で忙しいし、やる気のない奴に構ってやる暇なんて無い。メシはちゃんと用意してるんだから問題ないだろう。
 順調な滑り出しに気をよくして、珍しく鼻歌なんか歌いながらシールドをアンプから外していると、譜面を片していたレンがふいにこちらを向いた。

「……これで、よかったんですか?」
「ンァ、何がだ?」
「……新曲。僕だけのソロにしちゃって」
「しゃーねーじゃん、リンが歌いたくないっていうんだからさ。それとも何、お前も今更『やりたくねー』とか言い出すの?」
「言いませんよ、そんな事。……でも、マスターは僕たち二人に歌ってほしくて作ったんでしょう?」
「……いいんだよ。別に曲なんていつでも歌ってもらえるんだから、今回無理して歌わせる必要なんてねーだろ」
「……そうですか」

 へっと鼻で笑いながら答えると、レンは少しばかり不服そうな目でオレを眺めて、でも特に反論することも無く片付け作業に戻ってしまった。
 機材箱代わりの段ボールに巻いたシールドを放り投げる。無意識に舌打ちしていたことに気が付いて、意味も無くため息を吐いた。レンに突かれるまで見て見ぬふりをしていたが、どうやらオレは、リンのあの言葉を相当根に持っているらしい。
 いつでも歌える。確かにその通りだ。裏を返せばいつでも歌ってくれるってことだし、ボカロマスターとしては嬉し限りだ。
 でも、今回は――次の曲は、オレなりに二人の誕生日を祝うために作ったもので。
 特別なことは特別な日にやるべきだろ? 「いつか」じゃ意味がない。そう、意味がないんだ。例え口喧嘩の勢いだったとしても、「別にいつでもいい」なんて言葉で簡単に片付けてほしくはなかった。……あーちくしょう、結局これもオレの自己満なんかなぁ……。
 なんだよ、全然よくなんかねーじゃん。寧ろ未練タラタラじゃねーの。
 負け惜しみを言っているのは、自分も一緒だ。素直にその気持ちを認められなくて意地張っちゃって、自分よりもずっと年下(という設定)の男の子に遠回しに諭される始末。情けねぇ。
 はぁ~あ、と自重せずに溜息を吐くと、スタンドに立てかけてあったギターを抱えてじゃかじゃかと鳴らす。アンプは繋いでいないから大したストレス発散にならないけれど、今はこれで十分だ。
 特に何の曲ってわけもでもなく適当にコードを抑えて、じゃかじゃん、じゃかじゃん。最後にピックで思い切り弾いてじゃらん、と鳴らし、軽くキメる。あー、大分スッキリした。
 そんな俺の所作一部始終を眺めていたレンが、おもむろに口を開いて。

「……マスター。あの曲ってすぐ収録終ります?」
「『あの』? ああ、新曲ね。そーだな……お前頑張ってくれてるし、誕生日前には余裕で録り終るんじゃねぇの?」
「ふぅん。それじゃあ、一つ提案」
「ん?」

 耳元でごにょごにょと囁かれた言葉に「あー……」と声を漏らす。



 二人の誕生日まで、あと6日。


***



 それから数日は、オレもレンも家にいる間は防音室兼スタジオにこもりっきりになることが多かった。
 オレが仕事に行っている間レンがしっかり自主練しておいてくれてたおかげで、曲の収録は問題なく終了。残った時間を「別の作業」に費やすことが出来た。……まぁ、これは結局ギリギリで。
 リンの方は時々外に出かけているみたいだったけど、家にいる間は基本リビングでぶすくれていた。流石に気の毒だなぁとか思ったけれど、悪いが本気で構ってやってる余裕がなくて、フォローその他はレンに全面的に任せておいた。うまくやってくれたと思う。
 そして、12月27日。
 オレが投稿したレンソロの新曲は、他の鏡音動画同様、祝福の言葉と共に迎え入れられた。

「…………」
「なに不満そうな顔してんの」
「……だって」
「仕事したくないって言ったのはどこの誰だっけ?」
「……そんなこと言ってないもん」
「まーたお前は……」

 パソコン画面を覗き込みながら、リンはいつぞやみたいにほっぺをぷくりと膨らませた。あんだけ文句を言っておきながら、実際にレンだけの動画が投稿されて祝いのコメントが付いているのを目の当たりにすると、納得いかないものがあるらしい。
 素直に「歌いたい」って言ってくれりゃ、考えてやらないでもなかったのに。
 機会なんていくらでもあっただろうに、リンは結局「関わらない」という立場を貫く事を選んだ。オレに断られるのが怖くもあったのだろう。ああ見えて、リンにもナイーブな面はあるのだ。
 ……まぁ、この期に及んで「やっぱ二人一緒の動画にしたかったな」とか考えちまうオレもオレだよな。
 意地っ張り同士がぶつかり合うと色々面倒くさい。結果的に振り回しちまったし、レンにはあとでちゃんと謝っておこう。
 今この部屋にはいない少年に心の中で手を合わせると、オレはリンの隣に腰を下ろして、ぷくりと膨れたほっぺに人差し指を突き刺した。ブフッ。可愛げのない音がとがった口先から漏れて、あっという間にぺしゃんこに。その様子があまりにもおかしかったもんだから堪え切れずに吹き出すと、顔を赤く染めたリンに思い切り睨まれた。おー、怒ってる怒ってる。
 そうやってすっかりいじけモードのおチビで遊んでいると、背後で呆れた様な声が落とされた。

「……何やってるんですか、マスター」
「おお悪い悪い、そーいやコイツ呼びに来たんだったな」

 いつまで経っても戻らないオレたちを待ちきれなかったのか、隣の部屋から出てきたレンに、オレもようやく自分の役目を思い出す。
 未だむすっと口を尖らせている少女に向き直ると、すぅっと息を吸って。

「リン! 只今をもって防音室立ち入り禁止令を解除する。誕生会やるからこっち入んな」

 青い瞳が、驚いたように見開かれた。





 スーパーのお惣菜コーナーで見つけてきたオードブルセットと炭酸飲料、ケーキくらいはちゃんとしたものをと近所のケーキ屋で買って来たホールのチョコショートにろうそくを立てて、即席のバースデーパーティが始まった。
 豪勢なケーキを見たらリンも流石に機嫌を直して(奮発した甲斐があった)、いつもの様に笑ってくれるくらいにはなった。
 お腹もいっぱいでさて満足、と息を吐いたところ、レンがおもむろに立ち上がる。確認するように一瞬こちらに視線をよこして――――ああ、アレもうやるのね。

「……リン」

 もしゃもしゃと二切れ目のケーキを頬張っていたリンに呼びかける。

「あー……、今回は色々あって一人にさせることが多かったから、そのお詫びも兼ねて、レンと二人でプレゼントを用意した。……笑ったりすんなよ」

 最後の方は殆ど捨て台詞の様になりながら、部屋の隅に寄せてあったギターを手に取る。チューニングをして軽く音を鳴らすと、既にスタンバイ完了しているレンと視線を合わせて――。
 軽やかなカッティングに合わせて歌声が重なる。一つはレンで、もう一つはオレのものだ。

『サプライズでリンに歌をプレゼントするっていうのはどうです? 僕と、マスターで』

 あの時のレンの提案に、最初はぶっちゃけ「めんどくせぇなぁ」という感情しか浮かばなかった。誕生日まで6日しか残ってないのに新しく曲を作る暇なんて無さそうだし、何よりオレは歌が苦手だ。人に聞かせられるようなもんじゃない。だから「多分間に合わないと思うぞ」と予防線を張っておいた。最初から「出来ない」って断定するのも、何か癪だし。
 けれど、レンは表情を変えず「マスターならできますよ」なーんて簡単に言いやがって。……ま、そこまで期待されてるんじゃあやるしかねーよなってことで、ここ数日は曲作りと歌の練習に没頭していたってわけだ。
 曲の方はワンコーラスだけだし割と早く仕上がったのだけど、まぁ問題は歌の方で。いつもと逆でレンに「先生」をやってもらいながら練習を続けたのだが、壊滅的な音痴がそう簡単に治るわけも無く。……言っておくが、音感の良し悪しと音痴は別モンだからな!
 のびのびと綺麗なレンの歌声と、てんで調子のはずれたオレの歌声の奇妙なハーモニーが緩やかに重なり、消える。ちくしょう、どうやったらそんな正確な音程で歌えんだよ。
 ふぅ、と一息ついて、思い出したようにリンを見ると。

「…………っ」

 エメラルド色の瞳から涙が決壊していた。
 まさか感動して泣いてくれるとは思わなかった。予想外の反応にさてどう声を掛けたもんか狼狽えていると、レンがそっとリンの隣に腰を下ろす。

「……リン」
「……っく、なに?」
「プレゼント、喜んでもらえた?」
「うん……」
「マスター、歌下手だけど凄く頑張ってくれてたんだよ」
「……うん、うんっ……!」
「おい、お前一言余計だぞ」
「だって事実じゃないですか。楽器弾けるんですから、その音に合わせて練習すればいいんだって何度も言ったでしょう」
「るせ、したんだよ! した結果がこれなんだよ!!」
「……マスター!」

 ギターをスタンドに預けながら吐き捨てると、リンが涙を拭いてこちらを向く。

「え、と……ワガママ言ってごめんなさい。それと、プレゼント、すごくうれしかった」
「……礼ならレンに言いな。提案したの、レンなんだぞ」
「……レンも、ありがとう」
「……どういたしまして」

 そっけなく答えながらもちょっぴり照れているような様子に、思わず笑みがこぼれた。何だかんだ、コイツも相方の事をちゃんと気にしてたんだな。
 仲直りしたら心残りの方もどうでもよくなってきて、さーて、あとは部屋を片付けて寝るだけかなー、なんて軽く伸びをすると、リンがソワソワした様子で俺を呼び止めた。

「あっ……あのね、リンも、マスターに聞いてほしいものがあるの! ……レン、いい?」
「ん」
「なんだ……?」

 二人で目くばせすると、リンとレンは部屋の真ん中に並んで、呼吸を合わせる様に静かに目を閉じる。そして。

「……おい、マジかよ…………」

 流れ出した歌声に、心臓が止まるんじゃないかと思った。
 二人が歌っている。オレの歌を――リンが一度放棄した、あの歌を。
 いや、確かに曲のデモや譜面は渡してあるし、必要なくなった後もずっと持っていたっておかしくはないさ。でも、うちにいる間は基本レンに付きっきりだったから何も教えていないし、そもそもリンが譜面を持っている姿をこのところ一度も見ていない。
 こっそり練習してたっていうのか? オレの知らないところで? 一体いつから……?
 疑問は沢山浮かんでくるけれど、そんなもん全部後回しだ。オレの身体は自然とギターを掴んでいて、そして二人に合わせて伴奏を始めていた。
 二つの歌声とギターの伴奏が、狭い部屋の中に静かに響く。まるで即席のステージのようだ。リンの歌声にレンのコーラスが重なって、音が、弾ける。
 ……不思議だ。何も教えていないはずなのに、リンの歌い方は、まるでずっと一緒に練習してきたようだった。

「実はね、仲間はずれが悔しくて、ルカちゃんのところでこっそり練習してたの。……でも、自分だけじゃどうにもできなくて……それで、レンにお願いして手伝ってもらってたんだ」

 最後まで歌い終わった後、リンは少しだけ恥ずかしそうに俯くと、そう打ち明けた。
 なるほど、ここ最近コソコソ出かけているとは思ったけど、先輩んとこのルカさんを訪ねてたわけか。確かにそこならオレにはわからねぇわ。
 ……にしても。レンのヤツ、全部知ってた上で黙ってやがったな。
 なーんも知らないふりをしながら、自分がオレとのレッスンで聞いた事を全部リンに流してたらしい。リンへのプレゼントの件も含め、なんか全部コイツに仕組まれてたみたいでちょっと納得いかねぇわ。
 釈然としない気分でギターを片付けていると、リンが一歩前へ進み出た。

「マスター。今日は、リンたちの誕生日だけど、リンたちにとってはマスターと初めて出会った日でもあるでしょ? だから、これはリンとレンからのマスターへのプレゼント」

 吃驚したでしょ。嬉しそうに笑うリンの姿に……やべぇ、なんか、色々来た。
 誕生日だから――二人と出会った記念の日だから、二人に歌ってほしかった。どうしてそれを分かってくれないんだってずっとやるせない気分だったけれど……なんだ、わかってくれてたんじゃん。オレよりもずっと。
 うちにやって来た『鏡音』は、我儘で意地っ張りな少女と、合理的でちょっと不愛想な少年だった。
 一年一緒に過ごしてきて、大変だと思うことは沢山あった。これからも多分沢山あるだろう。
 けれど。

「マスター! 来年の誕生日は、リンにも歌わせてね?」
「……ったりまえだろ! お前こそちゃんと練習しろよな!?」

 こいつらと過ごす日々は、自分で期待した以上にハッピーライフなんだろうと。
 そんな確信だけは、しっかりとここにあった。


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