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ここのところずっとレン君視点のお話ばかりだったので、そろそろリンちゃん視点を書きたいなーと思っていたのですが、執筆予定のものにすぐ書けそうなネタがなかったので、三年ほど前のお蔵入りネタを引っ張り出してみました。

暗い・重い・救いがないの三拍子。死ネタ注意。
大丈夫な方のみ下からどうぞ。














鳥になった少年

 空っぽの部屋に響き渡る無機質な振動音を、あたしは壁にもたれ掛かりながらぼんやりと聞いていた。
 メールの着信を示すランプがチカチカと光る。ミクちゃんかな。五日も学校を休んでいるから、流石に心配しているのかもしれない。何かしら事情を聞いているのか、これまでに何度もメールや電話の着信があったけれど……ごめんね。今は返す気になれないんだ。
 ベッドの上に投げ出された携帯には手も触れず、窓の外を眺めた。空っぽの心から吐き出される無色の感情は目に痛い位のオレンジに染まった空に静かに溶けていって、直ぐにその輪郭を朧げにする。
 空っぽ――そう、からっぽなんだ。あたしの心も、この部屋の中も。


 あたしには弟がいた。三つ年下で中学二年生。脳の発達が遅かったあの子は、同年代の他の子よりも比較的身体が小さくて、喋るのが苦手で、そしてとても臆病だった。
 優しい子だった。普段はぼんやりとしていることが多いけれど、時々見せる笑顔が春の陽だまりみたいで、あたしはそれが大好きだった。
 けれど、他の人は違う。
 あの子の優しさや暖かさを知らない――否、見ようともしなかったクラスメイト達は、あの子を輪の外に追いやった。仕方ないな、とは思う。だって、自分たちと異なるものを――弱者をコミュニティから排除しようとするのは、生物として当然の思考でしょ? その根本は、どんな有識者が正論を振りかざしったって、簡単に変わるもんじゃない。
 でも……でもね。本当は「違う」ところなんて、一つも無かったんだよ。他の子よりも話すのがちょっと苦手で、物事を理解するのに時間が必要なだけだった。たったそれだけの事なのに……。
 中学に上がってすぐ、あの子は学校に行けなくなった。この部屋に閉じこもって、窓の外を眺めている――そんな日が続いたのだ。
 両親や先生たちは何とかあの子を学校に連れ戻そうとしたけれど、あの子につらい思いをさせるくらいだったら、学校なんてやめちゃえって。そんな風に、密かに叫んでいた。本当に言ったら怒られるだろうから、心の中で、だけど。大人の考えることなんて、何時だって理不尽だ。

 弟は他人に対して心を閉ざすことの多い子だったけれど、あたしに対しては幾らか許してくれている様で、学校から帰ってきた後やお休みの日は二人でのんびりと過ごすのが常だった。
 何でもない事を話して、時々勉強を教えてあげて。天気のいい日に一緒に外に出かけることもあった。人ごみは相変わらず苦手みたいだけど、近くの河川敷や公園はお気に入りらしく、比較的素直についてきてくれた。小学生のころは外でもよく遊んでいたし、気分転換としては丁度良かったのかもしれない。
 あの子は昔から鳥が好きだった。電線に止まっている鳩、可愛らしく囀る雀、軒下に巣を作った燕――その姿を見かける度に、溢れんばかりの笑みを浮かべていた。春先に鶯の鳴き声を聞いた時なんてこっちがタジタジになってしまう位テンションが上がって、その様子がまた、すごく可愛いのだ。
 そんなもんだから、小学生のころ――確か五年生だったかな。誕生日に鳥の図鑑をプレゼントしてあげたら、すごく喜んでくれたのだ。本棚に大切に仕舞われたそれは、表紙がボロボロになってしまう位読み返されていた。南国のカラフルな鳥が特にお気に入りみたいで、大人になったら会いに行くんだと、目をキラキラさせながら語っていたっけ。
 いつだったか、将来の夢について話していた時、あの子は「鳥になりたい」と言っていた。鳥になって、あの大空を羽ばたいて、世界中を回るんだと。小さな窓から空を仰ぎ見ながら、絶対に叶うことのない夢を、たどたどしくも愛おしげに口にしていた。
 その話を聞いて、あたしは。……あたしは、すごく怖くなってしまったのだ。ひょっとしたら、この子はこの窓から見える鳥の様に、いつかあたしの知らないところにパタパタと飛び去ってしまうんじゃないかって。そんな漠然とした不安が、胸の中を侵食していったのだ。
 勿論あの子に羽なんて無いしこの先羽が生えるような事も無いから、これはあくまで例えだ。でも、「そんなこと出来るわけない」なんて軽く笑い飛ばしてしまうことも出来なくて、あたしは「なれたらいいね」なんて作り笑いを浮かべながら、この暗い感情に蓋をしたのだ。あの子から聞いた夢と一緒に、固く、しっかりと。……目を、背けてしまったのだ。

 あの子の考えていることは単純で、難しい。こんな事をしたいんだ、してほしいんだと推測してみても、実際は全く違うなんてことはしょっちゅうで。いきなり突拍子もない行動に出ることもあるから、その度にひやひやさせられていた。
 あの日も同じだった。学校から帰ってきて、ただいまの挨拶をしにあの子の部屋に行くと、あの子は待ち構えていたかのようにあたしに笑顔を向けて、こう言ったのだ。「鳥になる方法を見つけたよ」と。
 最初は何を言っているのかわからなかった。珍しく開け放たれていた窓からは、冷たく乾いた風が吹き込んでくる。そういえば、いつもはストーブでほんのり暖まっている部屋の中が、今日はやけに寒い。
 ねぇ、何でこんな寒い日に窓を開けているの? 鳥になる方法って、いったい何の事? そんな疑問がぐるぐると頭の中を巡って、けれど足は棒になったみたいに動かなくて、喉も壊れたおもちゃみたいに言葉を発することはなかった。
 反応のないあたしにあの子はもう一度だけ最初の言葉を繰り返すと、得意げな顔で「みててね」と微笑む。そして――――そのまま、窓枠に足を掛けた。
 弾かれたようにあたしは駆け出した。
 あの子の名前を叫ぶ。あの子は振り向かない。真っ白になった頭で必死に伸ばした手は、
 あと少しのところで、あの子の腕に届かなかった。
 飛び立ったその身体が空を目指すことは当然出来ず、重力に引かれて地面へと打ち付けられる。
 横たわるあの子の姿とじわりと広がる紅い水たまりは、マンションの七階の高さからでもはっきりと目に焼き付いて。――ほら、やっぱりなれなかったじゃない。悲しいとも悔しいともつかない言葉が、涙の代わりにぽつりとこぼれ落ちた。



 それから後の事は、あまりはっきりと覚えてはいない。
 気が付いたらすぐ傍でサイレンの音が鳴り響いていて、バタバタとうるさい足音と共に部屋に駆け込んできた知らないおじさんに、あたしは身柄を「拘束」された。
 警察だと名乗ったその人は、窓から落ちたあの子について、そしてあたしが窓際で座り込んでいる理由について、やんわりと、それでいて獲物を狙うかのように質問してきた。ああ、あたし疑われているのか。霞む視界に映るその人を恨む気はないけれど、どうしようもなくやるせなくて、狂ったように「鳥になったのよ」と――そんな風に、繰り返していた。それ以外に、言葉を知らなかった。
 その後は、連絡を受けて仕事を抜け出してきたママと警察の人たちが色々とやり取りをして、あたしは解放された。疑いが完全に晴れたわけじゃないけれど、あの子の病状とこれまでの経歴から、あの子が自ら飛び降りたという結論で概ね落ち着きそうだと、パパが静かに教えてくれた。
 陽だまりのような笑顔も、男の子にしては高めの声も、もうどこにもない。ぐちゃぐちゃになってしまったあの子の身体は綺麗に焼かれて、残ったのは、白くて細い骨だけ、だなんて。

「うっ…………く、」

 涙なんてもう全部流しつくしてしまったと思ったのに、じわりと湧き出てくるそれは、赤くなった目じりを、頬を、ヒリヒリと痺れさせる。
 なるべく否定をしない様にしていた。あの子の周りにはあの子を否定する人が沢山いたから、せめてあたしは――あたしだけは、あの子の全てを受け入れ、肯定してあげようと。そう思っていた。
 「人間は鳥になんてなれないんだよ」と……たった一言そう言ってあげれば、あの子は悲しむかもしれないけれど、あんな行動には出なかったかもしれない。今もあたしの隣で、鳥の図鑑を眺めながら、「今度はこの鳥を探しに行こう」なんてことを話していたかもしれない。
 不安から目を背けて、あの子にとって「いいお姉ちゃん」でありたくて。その結果、あたしは大切な人を失った。本当に馬鹿だ。
 ……でも、それも結局、あたしの我儘?
 あの子は鳥の様に空を飛ぶことは出来ない。出来なかった。けれど、結果的にあの子は飛び立ったじゃないか。この空よりもすっと広くて、自由な場所へ。
 そうだとしたら、確かにあの子は「鳥」になったと言えるのかもしれない。大好きな鳥になって、遠くへと羽ばたいていったのだ。世界の束縛から解放されるために死を選ぶなんて、そんなところまでは考えていなかったかもしれないけれど……。
 おめでとう、と、言ってあげるべきなのかもしれない。あの子の夢が叶ったのだから、あの子を否定しないあたしは、今もどこかの空を飛んでいるであろうあの子と一緒に喜んであげるべきだと。頭の片隅ではそう言い聞かせている。
 けれど、もう少し。……もう少しだけ、あなたの愚かな行為を嘆く、我儘な姉でいさせて。あなたがいなくなってしまったことを、悲しませて。
 そして、いつかすべてを流し終わったら――――その時は、鳥を見に行くから。いつもの河川敷でも、近くの山でも……あなたの事を、探しに行くから。
 だから、それまで、元気でいてね。


 大空へと飛び出した瞬間に見えたあの子の横顔は、穏やかな笑みを浮かべていた。今までに見たことがないくらい、幸せそうな顔だった。
 空とは反対側に落ちていくとき――あの子にとって最期の瞬間、その胸の中に浮かんだ感情が絶望や悲しみで無かったらいいと、切に願った。



◇◆◇
今でこそほのぼの・ギャグテイストなお話を好んで書いていますが、二次創作に手を出し始めた当初はこんな感じの暗いネタばかり妄想していました。誰得すぎるので心の中にそっと仕舞っておいたのですが、たまには原点回帰もいいかなー、ということで……。
ところで、レンクンってどうしてすぐに死んでしまうん?(´・ω・`)
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