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長すぎる冬眠を経て、ようやっと連載再開です。お待たせしました、と言ってもいいかしら?
再開に当たり過去文章さらっと見返しましたが、何分久しぶりなので感覚が戻りませんね……そしてべたべたの少女漫画展開(?)難しい_(:3」∠)_
ストーリーは折り返し地点。のんびりゆったり、今度こそ最後まで辿り着く様頑張ります。


。。。

「リンちゃん。そろそろ、お母さん達をお迎えする準備をしてくれないかしら?」
「…………ん……」

 居間の机で宿題をしている内に、いつの間にかうたた寝をしてしまったらしい。台所で夕飯の支度を始めた祖母の声にリンが目を開けると、部屋の中は明かりをつけないと本も読めない程に薄暗くなっていた。
 時計を見ると、六時半を少し回ったところ。すっかり夕暮れ時だ。リンは慌てて机の上の問題集を片付けると、玄関へと走った。
 サンダルを履いて、見上げた空に広がるのは茜色に染まった雲。淡く柔らかい夕日のヴェールが緑を照らし、遠くの山には鈍色の影を落としている。
 昼間に比べたら多少気温は下がったものの、稲を揺らす風は熱と湿気を含んで、肌に纏わりつくように通り過ぎる。それでも、どこからか運ばれてくるヒグラシの鳴き声に耳を傾ければ、終わりへと近づいている夏の気配を感じずにはいられない。リンがこちらに居られるのも、残り数日しかないのだ。

 川遊び後の二日間は、雨で再び体調を崩した祖母の看病と、最近は鞄の中に忘れがちだった宿題を進める事に費やし、今日は母と祖父の墓参りをしてきた。
 こちらに来てから立て続けに遊んでいたせいか、その間友人達からの連絡は一件も無かった。必要なものがあって例の商店を訪れはしたが、幸い――と言っていいものかはわからないが、レンとも会っていない。
 それは、リンにとっても都合の良い事だった。
 朝靄の様におぼろげだった気まずさは、あの日以来、明確な形となってリンを締め付けている。ふとした瞬間に神社で感じた温もりを、透明な硝子玉みたいな澄んだ瞳を思い出す度に、甘く香る水の中に突き落とされて、息が出来ない。
 今、どんな顔をしてレンと会えばいいのだろう。それは一週間ほど前、久しぶりにこの地を踏んだ時にも感じた事だが、その時とは根底にあるものが違う。
 離れていた数年の間に生まれた空白を埋めたのは、これまで感じた事のなかった、戸惑いと苦しさ。胸の奥でじゅわじゅわと音を立てる感情を何と呼べばいいのか、リンにはまだ判断がつかない。

「……わたし、ひょっとしてレンの事……」

 それでも、思い当る節をあえて口にすればこの不安定な気持ちも落ち着くだろうと、囁くように呟いてはみたが、その先の言葉が音になる前に頬が熱くなって、慌てて首を振った。
 そんなはずはない、と否定したいのに、炭酸水でも注ぎ込まれたみたいに胸の奥が弾けて、泡立つ。

―――…ああ、まただ。

 くらくらと眩暈でも起こしそうな感覚にため息が出る。青々とした草のにおいに、また、レモンに似た甘い香りが混ざった様な気がして、それを振り払うように、道路に面した庭の端へと移動した。



 居間から持ってきた新聞紙を丸めて、玄関に用意してあったオガラ(麻の茎を乾燥させたものだ)を被せると、リンは不慣れな手つきでマッチを擦って火を灯す。燃え移った炎は見る見るうちに広がっていって、細く白い煙をたちのぼらせながら、枯草を黒く染めていった。
 迎え火――死者の魂を迎え入れる為の儀式。
 墓場で行う地域もあるが、この辺りでは家の前で火を焚くのが通例らしく、向かいの家の駐車場にも、焦げた燃えカスが先祖の魂を導く目印の様に残されていた。
 迎え火と共に、村では盆祭りの準備が始まる。
 パチパチと音を立てながら崩れていく様子を眺めながら、脳裏に浮かぶのは母との懐かしい思い出だ。
 お気に入りの浴衣を着付けてもらい、慣れない下駄をカタカタと鳴らしつつ、母に手を引かれて歩いた田んぼ道。神社でのお参りが済んだら、屋台でカキ氷を買ってもらって、冷たさに顔を顰めながら二人して笑って食べた。
 友人たちと合流してからはしばらく別行動だったけれど(広場から出ないという約束で、子供だけで自由に遊ばせてもらっていた)、最大のイベントである花火を見終わったら、再び手を繋いで家へと戻る。そんな思い出だ。
 新しい母と祭りに出かけたことは無い。そもそも、二人きりで出かけるなんて片手で数えるほどしかないし、祭り自体も、夏期講習が重なるなどでここ二・三年はからっきしだ。
 一昨日、携帯に彼女からのメールが届いていた。故郷での生活は楽しいか、旧友とは会えたのかなど、内容はとりとめのない話題ばかりだったのだが、リンはまだそのメールに返信できずにいる。
 普段だったら多少ぎこちないものの言葉を返せただろうに、彼女との暮らしから逃げてきた事へのうしろめたさが、リンの指を躊躇わせる。
 このまま返信をしなかったとしても、彼女は怒らないだろう。帰って来たリンを迎えながらただ寂しげに笑って、「お帰りなさい」と言うだけだ。
 今の環境を見つめ直す時間が欲しくてここに来たのに、実際は何も考えられていない。今更のように思い出して、じわじわと焦りが押し寄せてくる。本当に、何をやっているのだろう。

「――――あれ、鏡音じゃん」

 暗闇へと傾き始めたリンの思考を引きもどしたのは、聞き慣れない男の声だった。
 顔を上げると、神社の方から歩いて来たらしい三人組の少年が、笑いながらリンの元へと寄って来る。無意識に一歩後ずさり、けれど逃げ出すことも出来ずにぱちぱちと目を瞬かせていると、先ほどリンに声を掛けた一人が何かを察したらしく、元クラスメイトだと名乗った。
 聞き覚えのある名前に記憶を手繰り寄せると、すっかり変わってしまった顔つきに確かに昔の面影を見つけて、けれど、リンは戸惑いがちに笑みを浮かべるしか出来ない。
 彼とはそれほど親しくなかったはずだ。当時、クラスきっての悪戯好きだった彼にあまりいい印象は無く、必要以上に関わることも無かった。からかわれることの多かったリンにとっては、どちらかというと苦手なタイプだったかもしれない。
 リンの前で立ち止まった三人は、久しぶりの再会を喜ぶ、というよりは珍しさに値踏みをする様な面差しでじろじろとリンを見る。
 迎え火はとっくに燃え尽きてしまった。早く家の中に入りたい。なのに、三人が立ち去る気配はない。

「何してんの?」
「……お盆だから、迎え火を……」
「ああ。そういやお前ん家、母ちゃん死んでんだったな」

 なるほど納得、といった感じに少年はリンの足元に視線を落とす。悪気があったわけではないのだろう。けれど、無遠慮なその口調にリンの心には影が差した。
 他人に、それも多少なりとも避けていた相手に母の死について触れられるのは、固く閉ざした扉の内側を踏みにじられるようで気分が悪い。大切な人を失う悲しさを知らないくせに。興味なんて無いくせに。
 どうでもいいならこれ以上構わないでほしいと思うのに、彼の口は止まらない。

「そういや、この間お前がレンといるの見かけたんだけど。何なの、ひょっとしてデキてんの?」
「ど、どこで……!?」

 出された名前に心臓が跳ねる。この間、とはいつの事だろう。レンとはこの一週間で何度も顔を合わせているが、二人でいたのは、この家の縁側か、もしくは神社に行った時か――……。

「四日くらい前……だったかな? 居眠りばーちゃんの店で仲良さそうにしてたじゃん」

 リンの声の震えには気付かなかったのか、少年は考え込む様に首を傾げて、そして答えながらニヤリと笑った。
 『居眠りばーちゃん』とは、例のお店の店主のあだ名だ。彼からの返答にリンはそっと息を吐く。夕立の最中だからあり得ないとは思うが、神社での一件を見られていたとしたら……恥ずかしさに耐えられない。

「あれは、お店でたまたま会っただけだよ。時間もあったし、ちょっとお話していっただけ……」
「……ふぅん……」

 嘘偽りない事実。けれどその返答に彼は納得できなかったらしく、不服そうに眉をしかめた。
 高く響く鈴を揺らすみたいなヒグラシの鳴き声が沈黙を埋め、やがて空気に溶ける様途切れる。俯いたリンの目には、自分と前に立つ三人の足から伸びる影しか映っていない。じっと立ち尽くして、彼らがこの場からいなくなるのをひたすら待つだけの時間。周りの空気はまだほのかに暑いのに……何故だろう、体温が下がって行く様だ。
 それからどのくらいの間そうしていただろうか。オレンジ色の地面に映る影がふいに揺らいで、リンに一歩近づいた。ゆるゆると顔を上げて重なった視線に――……一瞬、嫌な予感がした。

「知ってるか? アイツ、小学生ん時お前の事好きだったんだぜ。お前が転校するって聞いて、馬鹿みたいにへこんでたんだぞ」
「……――っ」

 唇の端をつり上げながら吐き出された言葉に、リンは思わず言葉を呑んだ。
 冷たい水を背中に流し込まれたような気分。恐らくレンにとっても大切だっただろう想いを、こんな場所で、こんな形で聴かされるだなんて……。
 余程ひどい顔をしていたのか、少年はリンを見ると殊更嬉しそうに顔を綻ばせる。それこそ、追い詰めた獲物をどうやって苦しめてやろうか、舌舐めずりでもするみたいに。

「あいつきっとまだお前に気があるぜ。二人っきりでいて、変な目で見られただろ?」
「そん、な事……」
「ないわけないだろ。オレらくらいの歳の男が女に抱く欲望なんて、だいたい決まっている。真面目そうな顔して、アイツだってきっといかがわしいこと考えているんだぜ」

 ……大丈夫。昔みたいに、ただからかわれているだけだ。
 ケラケラと耳元に纏わりつく笑い声を目を閉じて追い出し、リンは心を落ち着けようと下げた両手を強く握りしめる。けれど、身体の震えは止まらない。
 ぐるぐる渦巻くのは多分悔しさだ。無関係のくせに好き勝手想像されるのも、馬鹿にするような態度を取られるのも許せなくて……なのに、言い返すことも出来ない。
 以前も、同じような状況にはなった。何も言えなくなったリンの前に立ちはだかって、じわじわと追い込んで来る彼に泣きそうになって。そんな時は、リンの様子に気付いた友人、とりわけレンが助けに来てくれる、というのが通例だったけれど……今は誰もいない。
 湿った空気に似たべたべたと貼り付く視線が、気持ち悪くて仕方がない。あの頃の様に子供ではないのだから、自分で何とかしないと、と思うのに、こんな時でも真っ先に浮かぶのは幼馴染である少年の姿で。その事に泣きたいような、ほっとしたような気持になりながら、リンは無意識に彼の家の方に視線を向けて――――。


「ここで正義のヒーロー登場ーーーーッ!!」

 突如、甲高いブレーキを響かせながら突っ込んで来た若草色の髪の友人。その姿を見て、とうとう視界がぼやけた。
 ミヤはリンの手前で止まると、「……なーんてね」と付け足して、茶目っ気たっぷりにニカッと笑いかける。一方リンを取り囲んでいた面々は、割り込んできたやかましい存在にあからさまに嫌そうな顔だ。

「うわ、神威かよ……」
「『うわ』とは何だ失礼な! それより、チンピラ三人でか弱い女の子一人囲んで何やってんだよ。リンちゃん困ってんじゃん!」
「チンピラじゃねーよ! ったく、数年ぶりに顔見たから挨拶してただけだっての。お前には関係ねぇだろ」
「いやぁー、大アリだね。なんたってリンちゃんはオレの大事な友達だし? 遠目からでも嫌がってんの丸わかりなのに、放っとけるわけないでしょ。あ、それとも何、久しぶりに見たリンちゃんが可愛くてナンパでもしようとしてたとか!? うっわーやだねぇ、無理矢理とか男の風上にも置けないわー」
「っるせーな違ぇよ! くそっ、相手にしてられっか……行くぞ」
「お、おう……」

 舌打ちと忌々しげな視線を残して、少年とその取り巻きは逃げる様に立ち去っていく。その後姿に「さっさとどっか行けよばーか!」と舌を出しながら背を向けた隙に、リンはミヤに気付かれない様、溜まっていた涙をそっと拭った。

「大丈夫? なんか顔色悪いよ」
「……へいき。ちょっと、吃驚しただけだから……」

 心配そうにのぞき込んでくる友人にほぅ、と息を吐くと、リンは何とか笑みを作った。うるさい位の彼のテンションが今はすごくありがたい。ミヤの方もリンの緊張をほぐそうとしてか、いつもより態度が大袈裟だ。

「しっかしグッドタイミングだったな! リンちゃんに用事があってこっち来たんだけど、なんか絡まれてるし、微妙な空気だったし。これはもう助けに参上するしかないって感じ?」

 右手で作ったブイサインを額の前にかざすと、パチリと片目をつぶる。その仕草がおかしくて、リンは今度こそ、笑い声を漏らした。

「ありがとう、ミヤ君が来てくれて安心した。……ちょっと怖かったし」
「いやいや、寧ろオレで悪かったよ。王子様役はレンの方が良かっただろうけど、アイツ今、やぐら班のおっちゃん達に捕まっててさ――」

 ――……なのに、ミヤからレンの名を訊いた瞬間、リンの顔からスッと笑顔が消えていった。
 ここに来てからの事、意地の悪い少年の口から聞かされた事がぐちゃりと混ざり合い、濁流となってリンの頭を埋め尽くす。
 レンはきっと、リンに伝えるつもりだった。
 照りつける日差しを遮るあの店陰で、瓶に閉じ込められた硝子玉になぞらえた、心に溜めこんできたリンへの想いを告白しようとしていたのだろう。
 逃げ出したのは他でもない、リンの方だ。
 あの時――渡された「想い」を無下に押し返した時、彼は一体何を感じていたのだろう。
 そして、再びしまい込んだその想いを、自分の届かぬところで、しかもこんな形で知られてしまったと分かったら……。

「リンちゃん……?」
「……ねぇミヤ君。レンが、昔わたしのこと、好きだったって……」

 べっとりと汗の滲む手でワンピースの裾を掴んで、リンは恐る恐る視線を上げる。
 今更、こんな問いかけをしたって意味がない事くらい、わかっている。こうすることでレンの気持ちを踏みにじっているんだって事も、ちゃんと。
 けれど、問わずにはいられなかった。
 否定でも肯定でもいい。信頼できる友人に結論を下してもらうまでは、あの少年たちの言葉を全てにしたくはなかった。

「あー……」

 リンからそんな話が出るとは思わなかったのだろう。ミヤは視線を逸らしながら言葉を濁し、くしゃりと頭を掻く。
 何かしら知ってはいるけれど、それを話すべきか否か逡巡する様子。たが、真っ直ぐに自分を見つめるリンの不安げな表情に気付くと、観念したのか、諦めたように溜息を吐いた。

「オレの口から言っていいのかわかんないけど……そうだったよ。何、その事あいつらにからかわれてたの?」

 こくりと頷くと、彼は「ったく、余計な事を……」と悪態づいて、それから安心させるようにリンの肩をトンと叩く。

「気にすんなって。それを言うならアイツだって絶対リンちゃんに気があったろ。よくわかんないけど、『好きな子にはつい意地悪しちゃう』っていうヤツ? レンの方がリンちゃんと仲が良くて妬いてんでしょ。まぁ、だからって、リンちゃんに当たることはないと思うけどなー」
「……なら、」

 それなら、今は?
 開きかけた口からその問いを吐き出すことは出来ず、リンは途方に暮れたように唇を結ぶ。
 ミヤからそれを聞いてどうするというのだろう。自分の気持ちの整理もついていないというのに、中途半端に好意を知らされて、それでいて何事もなかったかのように振る舞うなんてできるのだろうか。……そんな自信はない。
 こんな事なら居眠りなんかしなければよかった。もっと早くに迎え火を終わらせていれば、彼らと会うことも、あんな話を聞かされることも無かったのに。生まれては消えていく泡の様に、甘くくすぐったい感覚に悩ませられるだけで済んだのに……。
 俯いたリンを、生温い風が撫でてゆく。汗で頬に貼り付いてしまった髪の毛が気になったけれど、それを払うこともせずに、薄い布地を掴む手に力を込めた。

「……あ! そういやさ、境内のちょうちんのチェックを兼ねて、この後点灯式的な事をやるみたいなんだけど、リンちゃんもどう? やぐらに登らせてもらったりも出来るらしいの、何か楽しそうじゃない! リリィと、レンも見る予定なんだけど……」

 すっかり黙り込んでしまったリンを気遣ってか、ミヤはわざとらしく明るい声を上げて身を乗り出す。彼も今日は準備に駆り出されていたはずだ。先ほども言っていたリンへの「用事」とは、この点灯式への誘いだったのだろう。
 ミヤの気遣いは嬉しい。それに、クールで落ち着いているユリの顔を見れば、もやもやと立ち込める不安も少しは晴れるかもしれない、という期待もある。……けれど。

「……ごめん。今は、ちょっと止めておく」

 心をくすぐっていた甘い水は、泥でも流し込まれたみたいに黒く濁っている。
 今レンに会ったら、不安や気まずさを隠せない。レンは優しいから、きっとぎこちないリンの態度にすぐ気付いて、何かあったのかと心配するだろう。そんな彼の優しさを、やわらかく包み込む暖かさを、素直に受け入れることは……多分、出来ない。

「……そっか。まぁ、嫌な事もあったし、今夜はゆっくり休みなよ。一晩ぐっすり寝れば案外すっきりするかもしんないし! 二人にはおばあさんの手伝いで行けないとでも言っとくよ」
「ありがと……」

 重く垂れこめる空気を振り払うべくからりと笑うと、ミヤは自転車のスタンドを足で蹴り、軽く手を振って元来た道へと引き返し始めた。
 その背中を、思わず引き止める。

「ミヤ君!」

 リンの声に不思議そうに振り向いた友人に、一瞬だけ言いよどんだが、喉元につっかえた熱い塊を吐き出すように、そっと唇を開いた。

「……さっきの事、レンには内緒にしておいて」

 クラスメイトに絡まれたこと。レンが秘密にしていた想いを知ってしまったこと。どちらも、今は知られたくなかった。
 知られてしまったらどう思われるのか、考えるのが怖かった。

「…………わかった」

 複雑そうに眉を下げつつも、ミヤは微笑を浮かべながら頷いて、塗装の剥げた自転車へとまたがった。錆びた車輪が響かせる高く軋んだ音は、自分の心臓が上げる悲鳴によく似ていた。


 自転車を漕ぎだした友人に手を振って、リンは脱力した様に静かに息を吐き出す。
 外に出た時に感じた暑さが嘘みたいに、身体の芯が冷えきっていた。握りっぱなしだったことに気が付いてようやく放したスカートは、その部分だけ不自然に皺がよって、軽く均しただけでは元に戻らない。きっと洗濯をしてアイロンを掛ければ、この皺は最初から何もなかったみたいに綺麗になるのだろう。リンの心によってしまった皺は、一体どうすれば消すことが出来るのだろうか。
 顔を上げると、太陽は黒く浮かぶ山の向こう側へと半分以上沈んでいた。
 空との境界に広がるオレンジが、最後の力を振り絞るみたいに強く輝く。迎え火の炎に似たその色から目を背ける様に、リンは家の中へと戻って行った。

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三カ月分

ちゅうにまっしぐら

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