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六月に開催された「鏡音PARADISE3」にて、無料配布本として頒布していたお話です。幼馴染レンリン、一応高校生設定?
本のあとがきでも書きましたが、中途半端な関係(一言で言い表せない関係)っていいなぁ!と個人的に思うのです。学パロ恋愛もので言うと「友達以上恋人未満」、主従関係でも、明らかに従属以上の感情を抱いているのに恋愛までは至っていないというような……。そんな、中途半端な関係に転がってしまったリンちゃんのお話。
ちなみにタイトルの「曖昧」、漢字に含まれる文字から 恋「愛未」満 という意味を含ませていたりいなかったり……。



曖昧ライン

 幼馴染とは実に妙な関係である。
 気が付いたら傍にいて、遊ぶ時も勉強する時も一緒。
 軽いスキンシップは当たり前で、お互い交わす言葉に遠慮も無い。小学校を卒業して、男の子は男の子、女の子は女の子で固まるのが普通になってからも、私たちの距離が変わることは不思議と無かった。
 誰よりも近くにいて、気楽な相手。
 そんな関係が三年、五年、十年と続いて……

 あいつは、私にとってもはや「幼馴染」としか言いようのない存在になっていた。


***


 放課後の教室に遅くまで残っている人間は、大雑把に分けて二種類いる。
 ひとつは特に用も無くダラダラ喋っている暇な人。もうひとつは、残りたくなんかないのに残っていなければならない不運な人だ。
 生徒のほとんどが部活動に勤しんでいるこの時間、教室には私と、私の幼馴染だけが残されていた。
 斜め後ろの席に座る彼は、クラス日誌にさらさらとペンを走らせている。今日一日の出来事やクラスを見ていて感じた事、担任への要望なんかを二・三行書き記すだけの日誌――小学生みたいだって大層不評なこれを書き終えれば、晴れて日直の仕事も終わりだ。
 黒板も綺麗にしてやることがなくなった私は、幼馴染が日誌に何かを記入する姿を暇つぶしに眺めていた。
 シンプルなシャープペンシルを握る骨ばった手は、昔に比べると随分と大きくて、そのくせ女の子みたいに綺麗なのだから気に喰わない。
 少し長めの髪をうなじの辺りで括り、青い瞳を微かに伏せたその顔にやんちゃだったころの面影はもうほとんど残っていなくて。
 でも、いつの間にか「明るくて面白い」から「優しくてかっこいい」へと好意の中身が進化していた様だけど、こいつがクラスの女子の人気者だって点だけは、昔と変わっていなかった。
 変わっていないと言えば、一部の女の子たちが私に向ける感情も概ね昔から同じだ。
 嫉妬。あるいは羨望。
 クラスの人気者と一番仲がいい女の子ってだけで、そこに深い意味なんて何もないのに、やたらとやっかみを受けるのだから迷惑なことこの上ない。
 けれど、それだけだったらまだ可愛いもんだ。
 一番厄介なのは、これだけ付き合いが長いのに、私とあいつはどうして恋人関係に発展しないんだ、と、お節介にも程がある指摘をしてくる輩で。
 「気付いたら幼馴染に恋をしていた」なんて、少女漫画では定番の展開だ。もしくは、「幼馴染だと思っていたのに、実はずっと恋心を抱かれていた」とか。
 ワンパターンな漫画に私たちを当て嵌めて勝手に盛り上がっている彼女たちに、恐らく悪気はないのだろう。こんな作り話が現実にポンポン発生するようなものではないってことも、きっとわかっている。
 でも、もし本当にそうなったら。そんな人がいたら。
 そんな期待を肌で感じる度に、私の気分はどっと重くなる。
 要するに、彼女たちは見たいのだ。幼馴染から恋人へと発展する実例を。身近にあるサンプルとして、私たちにそういう展開を求めている。……本当に、迷惑なことこの上ない。
 傍にいるのが当たり前になってしまった存在は、今のままが最も心地よくて。それ以上に一体何を望むというのだろう。
 誰にともなく問いかけた疑問は、私の中で何年もの間ぐすぐすとくすぶり続けて、結局、答えは出ていない。


 遠くの音楽室から聞こえてくる吹奏楽部のスケール練習と、サッカー部がボールを蹴る音に混じって、幼馴染――レンのシャーペンからカツカツと軽やかなリズムが流れて来る。
 担任が生徒たちと交流を図るのが目的の日誌なんて、適当に埋めるか、一言書いて終わりにする人が圧倒的に多いのに、レンは砕けた性格の割に真面目なところがあって、こんなものでも丁寧に書こうとする。だから、待たされている私は暇で仕方がない。
「……ねぇ、まだ?」
 後ろの机に肘をついて、こぼれ出た声はまるで不貞腐れている様。聞こえてくる音に耳を澄ませていても、真面目くさった表情を眺めていても、変化のない時間の中に取り残されてしまったみたいで、何だか落ち着かなかった。
「もうちょっと」
 そんなわたしの様子にちらりと視線をよこして、レンは風に揺れるヒルガオの様に、淡く柔らかい笑みを浮かべた。
 じっとりと湿った空気と夕方になっても全然下がらない気温は、退屈な気分に上乗せされて一層と気を滅入らせる。投げ出した左腕に頭を乗せてはぁ、とため息を吐くと、心地よいリズムが止んだ。
「リン、先に部活行っていいよ。俺これ書き終わったら一人で先生んとこ持っていくから」
 重い頭を上げてレンの方を見ると、レンは申し訳なさそうな、困った様な顔で私を見ていて。……別に、そんな気遣いが欲しかったわけじゃないんだけど。
「……いいよ、すぐ終わるんでしょ。日誌を提出し終わるまでが、日直の仕事だもの。付き合うよ」
 ここまで待ったんだから、最後まで一緒にいたって同じだ。ツンと尖った声で答えた私にレンは何か言いたげな顔をしたけれど、結局「わかった」とだけ呟いて、再び左手のペンを歌わせ始めた。


『――ねぇ。鏡音さんって、本当にレン君の事好きじゃないの?』

 昼間、選択授業の後でクラスの女の子に問われた言葉は、今でも鮮明に耳に纏わりついてくる。
 詮索するような目や声、あるいは好奇心の見え隠れする空気。どちらも嫌いだ。
 レンは私にとって幼馴染であって、それ以上でもそれ以下でもない。でも、いくら私がそう断言しても、どうせ信じてくれないんでしょ?

『だって、二人ともすごく仲がいいじゃない。気兼ねなくちょっかい出しあっている内に急に良い感じの雰囲気になって、ドキッとしたり。そういうのってないの?』

 ……そんな少女漫画みたいな展開なんて、そうそう簡単になるもんじゃない。夢を見過ぎだ。
 私たちの間にあるのは、箱一杯に詰められたジェリービーンズみたいに賑やかな空気であって、ふわふわに泡立てたクリームみたいな甘さが入り込む余地なんて何処にもない。

『でも、案外心の底では気になってたりして。距離が近すぎると、自分ではわからなかったりするものだよ』

 私にわからないことを、他人がわかるわけないじゃない。はっきりと突き放すのは何となく気が引けて、「本当に何とも思っていないんだって」とだけ答えたら、セロテープで張り付けた様な彼女の笑顔が見る見るうちに剥がれていって。
 なぁんだ、つまらないの、と。小さく呟かれた。

 こういった事は過去にも何回かあったし、もう慣れっこではある。けれど、好き勝手に憶測を重ねられた挙句、期待通りの反応を貰えなかった途端不服そうになるだなんて……気分がいいはずがない。
 普通に仲良くしている事の何がいけないのだろうか。どうして恋心を求めるのだろうか。
 胸を焦がすじれったさに夏特有の不快感、おまけに何もせず待っている事の窮屈さ――……苛立ちがあふれ出すには、十分すぎるほどだった。
 ガタリと席を立って、クラス日誌の上に手を叩きつけると、レンは驚いたように私の方に顔を上げた。
 その肩にもう片方の手を置いて、逃がさない様にぐっと掴む。ああ、やっぱしっかりしてるんだなぁ。半袖のシャツから伸びる腕はすらっとしているのに、私がちょっとばかり力を入れただけじゃびくともしない。
 私を見上げる瞳は、夏の空を凝縮したみたいに深く澄んだ青。その色に引き込まれるように、私は、ゆっくりと顔を近づけていって―――――。
 鼻先に吐息がかかるほど寄せた唇は、少しでも動いたら触れてしまいそうな場所で止めた。
 近すぎてぼやけた視界に映る幼馴染は、驚きの余韻を残しつつも、いつもと変わらず静かに私を窺うだけ。それがちょっとだけ悔しくて、そして同じくらい、ほっとした。
「……どうしたの」
 いつまで経っても動かない私に、レンが静かに問う。身体の触れ合った部分から声の振動が伝わって、指先が微かに痺れる。
「……ドキドキするかな、と思って」
 低く、そっけなく返した後は、何事も無かったかのように離れた。ついさっきまで手の平に伝わって来た熱が遠くなって、夏の蒸し暑い空気が涼しい位だ。ちょっとだけさみしい、なんて感じてしまったのは、きっと気のせいに違いない。
「ふぅん……で、どうだったの。どきどきした?」
 私の答えに三回ほど目を瞬かせていたレンは、口元を微かに釣り上げて、試す様に私に問う。二つの青空に浮かぶのは、期待? それとも、ただの好奇心?
「…………わかんない」
 少しでも心が跳ねれば、あるいは、と思ったけれど。残念ながら、私の心臓は晴れた日に残った水たまりの水面の如く、穏やかそのものだった。
 触れる直前で止めているのだから、本当の所は分からないじゃない、なんて言われてしまえば、その通りだと認めざるを得ない。最後まで進まなかったのは、単純にそこまでする必要性を感じなかったのと、身勝手な私の気紛れにレンまで付き合わせるのは悪いと思ったから。
 ちょっとだけ、試してみたかったんだ。彼女たちの言う「良い雰囲気」になれば、「幼馴染」以外に表現が見当たらない彼に対する感情も、少しは変わるのだろうかと。……別に、変わることを期待していたわけじゃなかったのに。
 退屈と不服を掛けあわせた様な顔で黙り込む私を、レンはただじっと見ていたけれど、やがて合点がいったみたいに息を吐いて苦笑を浮かべた。
「もしかして、また誰かに言われたの? いつものやつ」
「まぁ…………そんな所」
 歯切れ悪く答えると、レンはやっぱり、と肩を竦める。私がレンとの関係を勘ぐられるのと同じように、レンも、私との関係について色々と詮索を掛けられるらしい。
 女の子みたいにねっとりと追及される様なことは無いけれど、面白半分に茶化されるのだって、そんなに気分のいいものじゃないだろう。
 とはいえ、レン自身は彼らに何を言われても気にしないみたいで、否定も肯定もしてくれないものだから、私の方は、時々厄介なことになるのだけど。
「……だって、レンは幼馴染じゃない……」
 十代半ばの男女が、特別な意味合いも無く親しくしているのが、そんなに珍しいのだろうか。
 無意識に零れた呟きは行き場を失くした迷子みたいで、悲しいのか悔しいのかよくわからない感情に、そっと唇を噛む。
 そんな私をレンはじっと眺めていて、やがてすぅ、と息を吸うと、
「『でも俺はリンの事、ただの幼馴染だと思ったことは無いけど?』」
……と。まるでおはようの挨拶をするみたいに、さらりと言葉を吐いた。
「――――――……っ」
 自分が今、何を言われたのかが理解できなかった。茫然と見上げる私を、底の見えない青が捉えて離さない。
 早く何か言わないと。でなきゃ、このわけのわからない空気に呑まれる――。
 溺れかけた魚みたいに上手に呼吸が出来ないまま、私はぱくぱくと口を動かす事しか出来なくて、
「な、ん……」
けれどようやく声に出来たその音を、
「――って、少女漫画では定番のセリフでしょ。こういう事言った方が、彼らも盛り上がるんだろうね」
軽い言葉にぶち破られた。
「…………ドキドキした?」
 ニッと歯を見せて、レンはまるで悪戯が成功したのを喜ぶみたいに無邪気に笑う。そこまで来てようやく、あれが真面目な告白なんかじゃなかったんだってことに気が付いた。
「ば……、かじゃないの!? そういう事はふざけて言うもんじゃないでしょ!」
「いや、そうなんだけどさ。退屈させちゃったみたいだし、ちょっと刺激をあげようかなぁ、なんて。……で、どうだった。ドキドキした?」
「してないっ!」
 両手を握りしめて勢いで叫ぶと、レンはなんだぁそれは残念、なんて笑いながら筆記用具を片付けはじめて。
 それ以上言い返す気にもなれなかった私は、じっとりと相手を睨み付けたまま、よくわからない怒りをため息とともに吐き出した。


「――さ、日誌も書き終わったし、早く職員室に提出してこよっか」
 黒い表紙を立てて机の上でトンと鳴らすと、レンは自分のカバンを肩にかけて私を振り向く。
 帰りの準備なんてとっくの昔に終わっていたから、私はその言葉にうなずいて、既にドアの方へと歩き始めていた彼の後ろを追った。
 ガラガラとドアを開けると同時に、吹奏楽部の合奏が大きくなる。廊下はまだまだ沈みそうにない日に熱せられて、もわっと漂う暑さに喉が乾きそうだ。
「…………ねぇ。さっきのアレ、本気なの? それとも、ふざけてただけ?」
 じっとりと睨み付ける様に。その真意を探る様に。手の平にじわりと滲み出て来た汗は、たぶんこの暑さが原因だ。
 カツン、カツン。同じ速度で廊下を歩いていたレンは、ふいに私よりも一歩前に出ると、さっきと同じ、底の見えない目で私を振り向いて、
「――――さぁ。どっちだと思う?」
「――……」
 首を傾けながら意地悪く笑ったその姿に、何故だか、取り残されたような気分になった。


 幼馴染とは実に面倒くさい関係である。
 一緒にいるだけで特異な目で見られるし、真意と異なる妄想を押し付けられることも少なくない。
 けれど、どれだけ周りが騒いだって、私たちの間に流れるあの空気が変わることは無いし、これからもずっと、レンは私にとって「近くて気楽な存在」なんだと……そう、思っていたのに。
 気まぐれに零された一言だけで、「幼馴染」という確固たる立ち位置はこうも簡単に揺らいでしまう。冗談だ、と断言してくれればよかったのに、あんな風にはぐらかされてしまったら、これから先、私はあいつにどう対応すればいいっていうんだ。
 はじき出された場所はもやもやと居心地が悪くて、なのにはっきりと境界を引くことも出来ない。
 彼との関係を表すための名称を失った私は、その曖昧なラインの上で、少女漫画の主人公みたいに元居た場所を切望していた。


◇◆◇
レン君からは矢印が伸びている感じで。でも断言はしない。
おろおろと戸惑いつつも自分の事が気になって仕方がなくなるリンちゃんを眺めながらほくそ笑む腹黒策士さんなんだろうな……久々に書いた埋めたいレンクンでした。
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かがさんお疲れ様でした!

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