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長い間「書く書く詐欺」をしていた、処女作『ジニアを君に』レン君視点です。本編の補足&裏事情的な。自己満足ですが、お付き合いいただけたら幸いですm(__)m


。。。

 初めて会った「片割れ」は、オレの姿を見るや否や、満面の笑顔とぐちゃぐちゃに泣きそうな顔の両方を見せた。
 コロコロと変わる表情が愛おしくて、抱きついてきた身体が暖かくて。インストールされたてでまだ右も左も分からない様な状態なのに、オレは不思議と充足感に溢れていたんだ。

 だから――――



 たった一瞬だけ、傷ついた様に歪んだ君の顔が、心のどこかに引っかかって離れなかった。


ジニアを君にside L 前

『――オーケー。区切りもいいし、今日はここまでにしよう。お疲れ様』

 小気味良いギターの音が途切れて、マスターが声を挟む。途端、ぴんと張り詰めていた緊張の糸も切れて、オレは大きく息を吐き出した。程良い疲労感が気持ちいい。

『だいぶ良くなってきたな、レン。ひと月前のあの状態が嘘みたいだよ』
「そりゃ、マスターにみっちり鍛えられたからな」
『ははは。きつかったかい?』
「……まぁ、少し」

 ここ一カ月程の出来事に顔をしかめるオレを、マスターはモニターの向こう側から眺めてのんびりと笑う。その悪びれない表情に「こんちくしょう!」と罵ってやりたくもなったが、言ってる事は間違いではないので、ここはぐっと我慢だ。

 ――――そう。自分で言うのもなんだけど、インストールされたばかりのオレのコンディションは、それはもう酷いものだった。リズムや音程が狂っているならまだしも、生まれつきの鼻声と滑舌の悪さのせいで、たった数小節ですら満足に歌えないという有様だ。
 もともと「鏡音」は他のCVシリーズに比べて扱いにくいと言われているらしいけど、マスターもここまで手こずるとは思わなかったのだろう。初めて歌を披露したあの時の事は、思い出すだけでも鳥肌が立つ。……断言しよう、マスターは神経質だ。そして完璧主義。
 そんなこんなで、特訓が始まってから暫くの間、オレはレコーディングルームに缶詰めになる様な状態が続いた。マスターの注意はオレに集中しっぱなしだから、必然的に他の家族たちは放置同然。ミク姉とカイト兄はさほど気にしていない様だったけど、リンは歌わせてもらえない事が不満みたいで、家に帰る度に「いいなぁ、レンばかりずるい」と愚痴を零されていた。オレがいない間リンがどんな風に練習をしていたのかは知らないけど、あのスパルタ指導を一度でも受けてみろ、そんな事言えなくなるから。
 マスターは大学に通っていて昼間は家にいない事が多いから、特訓は大抵夕方か夜の間の数時間。発声練習に始まりリズムトレーニング、譜読みの勉強、滑舌矯正の為に早口言葉までやって(こんなもん効果あるのか?)、一通りの準備運動が終わったところでようやく歌の練習に入る、というのが大まかな流れだ。
 当然これも一筋縄ではいかなくて、最初の頃はダメ出しされまくり。リンと比べられる事は流石になかったけど、こんな風に時間をかけてまでしごかれるなんて、オレってそんなダメダメなのかなぁ?と怒られる度にへこんでいた。こっちだって一生懸命やってるんだ、そう何度も否定されると心が折れる。
 だけど、完全にポッキリ行かず何とかここまで頑張ってこれたのは、早くリンと一緒に歌いたいという思いがあったからだ。なんたってオレたちは「鏡音」なんだから。他のボーカロイドとデュエットさせたり片方しか使わないマスターもいるけど、「鏡音レン」が最も力を発揮できるのは、片割れである「鏡音リン」と歌う時だとオレは思う。根拠なんて一つもない、直感だ。
 そうやって二人で歌える日を夢見て、血の滲む様な努力をして。(因みにリアルに血が滲んだのは、早口言葉の練習中に舌を噛んだのが原因……というのは余談だ。)その甲斐あって、最近はようやく満足できるレベルにまで到達したんだ。マスターにも近いうちにリンと合わせる事を約束してもらったし、ここのところ構ってもらえなくて不貞腐れていたリンの機嫌も少しはよくなるだろう。

『――あぁ、そうだ。レン、約束の曲だけど、昨日ようやく完成したんだ。今からデータ送るから、聴いておいてくれ』
「え、マジか!?聴く聴く!!」

 マスターからの不意打ちサプライズに、オレの声は自然と上ずる。当然だ、『次の曲はリンとレンのデュエットにするつもりだ』と告げられてからずっと、曲の完成が待ち遠しくて仕方がなかったんだ。このくらいは多めに見て欲しい。
 間髪入れずに答えるとマスターは苦笑をもらし、『今準備するからちょっと待ってて』と言って通信を切る。そして待つ事数秒、ピッという電子音と共に曲と楽譜のデータが送られてきた。

 ――――これが、リンと一緒に歌う初めての歌……。

 思わず緩みそうになる口元を必死に引き締めながら、データファイルの表紙をそっと触る。本当は今すぐにでも聴きたいけど、これはリンと二人の曲だ。リンも曲の完成を楽しみにしていたんだし、初めては二人で共有したい。

『明日にはもう練習始めたいから、それまでに二人で色々確認しておいてくれると助かる』
「了解!」
『頼んだぞ』

 マスターの言葉にオレは勢いよく腕をあげて、親指をびっと立てた。やばい、すげーワクワクする……!!
 部屋もダッシュで片付けたし曲のデータも受け取ったから、もう用はないだろう。そう決め付けたオレは、すぐにでもこのデータをリンの元に届けたくて部屋を飛び出――そうとしたのだけど、背後からマスターに呼び止められて、渋々足を止めた。……な、なんだよ、まだ何かあるのかよ!?
 振り向いた先、小窓ほどのモニター画面に映し出されたマスターの静かな瞳が、探るようにオレを射抜く。

『レン。最近―――…』







***


「はぁ……」

 しんと静まり返った空間に響くのは、何とも頼りないため息の音。すっかり癖になってしまったこの行為は人前でやるとすごく鬱陶しがられるから、出すのはもっぱら一人っきりの時だ。……けど、一日中我慢してると、流石にストレスたまるよなぁ……。
 そう言えば「ため息を零すと幸せが逃げる」なんて話もどこかで聞いた様な気がする。こんなに吐きまくってんだから、オレの中の「幸せ」とやらはもう空っぽなんじゃないだろうか。どうせならこのもやもやした気持ちも一緒に逃がしてくれりゃいいのに、世の中というものはそう都合よく出来ちゃいないらしい。
 薄暗い部屋の中をとぼとぼ歩いて、ばたりとベッドに倒れ込む。昼間ミク姉が干しておいてくれたのだろう、使い慣れた布団はふかふかと柔らかく、仄かにおひさまの香りまで漂ってきた。普段だったらその香りに包まれただけでたまった疲れも吹っ飛んでくれるのだけど、どんよりと沈んだ今のオレの心には、その心地よさですら効果がない。……それもこれも、ここ最近リンとうまくいっていないのが悪いんだ。

 どうしてこんな事になったのだろう。
 マスターから音源をもらって、二人で試しに歌ったところまでは普通だったはずだ。あの時はリンと歌うのが心地よかったし、これから練習していくのが楽しみで仕方がなかったから。
 リズムや音程にも慣れて、本格的に合わせるようになってからはどうだろう。何度やっても不服そうな顔をしているリンに「頑固だなぁ」と眉を顰める事はあったけど、それも最初はそこまで気にしていなかったと思う。少しでもいいものにしたいって気持ちはオレにもわかるし、むしろ「リンに負けないようオレだって頑張るぞ」って張り切ってたくらいだ。
 けど、何回か練習を重ねてく内に、だんだんそれがただのこだわりじゃないんだって事がわかって来て……。だっておかしいだろ?あの完璧主義のマスターでさえOKを出したのに、それでも納得いかないって言うんだから。
 レッスンが終わった後は、いらついてるリンに「やる気あるの」だの何だの好き放題言われて、オレもそれにいちいち反論してばかりいた。やる気だって?そんなの、あるに決まってるじゃないか!オレがリンと合わせられるようになるまで一体どれだけ頑張ったと思ってるんだ。そんないい加減な気持ちで取り組むわけないだろ!?
 自分は真面目にやっている。うまくいかないのは相手のせいだ。
 そうやって原因もわからないままぶつかってる内に、だんだん意地の張り合いみたいになっていって……。でも、喧嘩とはいえお互い言いたい事を言い合えていたのだから、その頃だってまだマシな方だったと思う。

 ――――じゃあ、いったい何時から?

 リンの様子がおかしい事に気付いたのは、割と最近の事だ。歌う時も心ここにあらずって感じでミスが多くなったし、オレが話しかけようとすると何故か避けられる。最初は「この間まで散々文句言ってたくせに今度は自分が手抜きかよ!」と文句を言ってやったのだけど、リンはオレみたいにぎゃーぎゃー噛みつく事もなく「ごめん。もう一回練習つきあってくれる?」なんて素直に謝るだけだった。……そんなことされたら、燻っていた気持ちも鎮火しちゃうじゃん。
 何か気に障る事でもしたか?それとも、未だにうまくいかないのはオレのせいだって怒ってるのか?わけがわからない。
 そりゃ、オレはミク姉やカイト兄に比べたら(インストールされてからの時間という意味でも)経験は少ないし頼り無いかもしれないけど、これでも片割れなんだし、悩みがあるんだったらちゃんと相談してほしい。それすらも嫌なのだろうか……。

 二人で練習を始めてからずっと、リンが何かを気にしていたのはわかっている。でも、それはオレだって同じだ。ほんのちょっと――大海原に落とされた一滴のインク程度の違和感には、オレも気付いていた。
 けど、そいつはふと気をそらすとあっという間に溶けてわからなくなってしまうから、どうしても確信する事が出来なくて……。だから「大丈夫、気のせいだ」と自分に言い聞かせて、何事もなかったかのように練習を続けた。
 あの時そうしていなければ、少なくともこんな事にはなってなかったのだろうか……なんて、今更後悔したって仕方がないのだけど。


 何でもわかると――呼吸をする様に、リンの考えている事もどう歌いたいかも、全部わかると思っていたのに……分からないんだ。どうしてこんなにも噛み合わないのか、こんなにも不安になるのかが。
 リンもきっと同じ気持ちなんだろう。だから焦っている。何とかしてこの不安を振り払いたくて、ムキになって……。
 あれだけ楽しみで仕方が無かったのに、今はリンと一緒に歌う事が怖い。
 寝転がったベッドの上で体制を変えると、スプリングが音を立てて軋んだ。ふらふらとしたまま答えを出せないオレを見て、嘲笑うように。……あぁちくしょう、ほんと何でこんな事になったんだよ……。


『――レン。最近リンと一緒にいて、何か変な感じはしないかい?』


 ふと脳裏によみがえったのは、いつかのマスターの言葉だ。
 いきなり「変な感じ」なんて訊かれても何の事だかさっぱりわからないし、オレはすぐにでもリンのところに曲を持って行きたかったから、その時は「別に何も……」と答えたのだけど……今になって考えてみると、マスターはこうなる事を最初から予想していたんじゃないだろうか。
 そうだ。そもそも、オレはなんでリンよりもずっと後にインストールされたんだ?最初から使わない予定だったのならともかく、二人ともインストールするつもりなら、一緒にしてしまった方が手間がかからない。一度に二人分の扱いを覚えるのが大変なら、オレの特訓の時みたいに片方を放置すればいいじゃないか。てかマスター初心者じゃ無いし。
 何かしら不具合でもあったのだろうか。例えば、オレだけうまくインストールできなくて、保留していたとか。それだったら遅れてきた理由も説明できる。
 ……いや、でも本当にそれだけだったら、わざわざ「変な感じ」を気にする必要なんてないか。やっぱり何かあるんだ。
 たとえば。……例えば、インストールされる予定だった「鏡音レン」が不良品、もしくは何らかのバグで使い物にならなくて、オレはその後釜だとか。遅れてきたのは新しい「鏡音リン・レン」を調達するためで、その場合オレと対になるリンはインストールされていない。
 もしくは―――

「別のマスターのとこの鏡音と片方だけ入れ替えた、とか……?」

 まさかな、と軽く笑い飛ばそうとした、のに。
 開いた口からは、掠れ声すら出なかった。
 欠けたピースが収まる様に、妙に納得のいく答え。今まで思いつかなかったのが不思議な位だ。そうか、それならマスターのあの問いかけにも合点がいく。
 落胆。それとも絶望か。ごちゃごちゃとしたどす黒い感情が、バケツをひっくり返したみたいに流れ込んできて。水なんてどこにもないのに、波に飲み込まれたみたいに苦しい。
 寝転がっていたベッドに思い切り手をついて、息継ぎするみたいにがばりと起き上る。けれど、どんなに空気を吸い込んだって、ちっとも楽にはならない。それどころか、開いた口にはとめどなく水が流れ込んできて、黒い波に身体が押し流されて―――…




 ――――溺れる。





 パタンッ…


 壁越しに聞こえてきたドアの閉まる音に、はっと我に返った。乱れる呼吸に肩を上下させ、ゆるゆると音のした方に顔を向ける。
 部屋の中は相変わらず真っ暗で、窓から差し込む月明かりがぼんやりとその周辺だけを照らしている。その光を眺めていたら、もやがかかった様に霞んだ思考がようやく少しだけクリアになった。……あぁ。リン、部屋に戻ってきたのか。
 取りあえず呼吸を整えようと、深呼吸を繰り返す。1回、2回、――3回。
 思い切り空気を吸い込んでも、今度は苦しくなかった。
 ぽすっ、と再び身体をベッドに沈め、天井に括りつけられている蛍光灯を見つめる。深呼吸のおかげで大分落ち着きを取り戻したけれど、根本的な問題はまだ何も解決しちゃいない。
 ……くそっ、どうすりゃいいんだよ!?リンを頼るなんてできないし、ミク姉に話しても余計な心配をかけるだけだ。マスターに確認取るなんて、正直怖くてできない。
 だとしたら―――

「カイト兄、か……」

 浮かんだのは、穏やかな笑みを浮かべる青髪の青年の姿。ふわふわとした性格でどこか掴みどころがないけれど、意外とみんなの事をちゃんと見てて、さりげなくサポートしてくれる。年長者の余裕ってやつだろうか。
 ……そうだ。このままオレ一人で抱え込んでいたって、どうせ何もできないんだ。いっそ思い切りぶちまけて、意見を聞くのも一つの手なんじゃないだろうか?
 リンは自分の部屋だ。明日はまたマスターのレッスンがある。チャンスは、きっと今くらいしかない。

 よし、と一つ頷いてベッドから起き上がると、オレはやたら重く感じる自室の扉を押しあけて、リビングへと続く階段を下りていった。


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